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第32話

のぼせそうなほど火照っていた身体と心は既に冷え、頭の上におもりがかかったかのように動かない。 ――陽菜季と砂羽が付き合ってる? さっきセックスしたばかりなのに、いっぱいキスしてくれて、いっぱい気持ちよくしてくれたのに…… 付き合ってるって、何? 苛立ちのままクッションを壁に思い切りぶつけると、ぐったりした様子のクッションがこちらを睨んできた。 もともと遊びだと言われていたし、ショックを受けることすらお門違いなのは分かっている。 頭では切り替えていたはずなのに、心がそれについていかない。 言い表せない焦りと苛立ちで頭にだけ血が集まったせいで、心はひどく凍えている。 興奮していて落ち着かないのに、何も出来ないことがさらに俺を苛立たせた。 俺には本命が出来るまでって言っておいて…… 砂羽は本命が出来ても俺とすんのか? しかも、相手は俺の妹なのに、平然と俺を抱けるって…… 普通に考えておかしくねえか? 自分が普通じゃないくせに、そんなことを思ってしまう。 イライラしてじっとしていられず、無駄に部屋をうろうろしていると…… 気がつけば泣いていた。 砂羽の表情や優しくしてくれたこと、俺にしてくれたこと全てが嘘に思えて仕方がない。 でも、俺が陽菜季のことを砂羽に問い詰めたら、捨てられるのは陽菜季じゃなくて…… 俺だ。 それに気が付くと、足がぴたりと止まる。 熱くなった頭が熱と一緒に引いていき、その場で蹲るように膝を抱えると…… 先ほどの土砂降りのように俺の膝を濡らしていく。 しゃっくりをあげながら洟を啜り、心はひどく震えているのにそこに甘さはまったくない。 抱え込んだ腕をさすっていると、薄くなった痣が潤んだ視界にふと止まった。 思い切りぎゅっと握り込んでも、少し赤く色づいただけですぐに消えていくそれを見て、なんだかまた泣いてしまった。 遊びで今まで自分がしてきたことを思い出し、それと同じことを砂羽にされると思うと、苦しくて痛い。 名前も知らない相手と寝ることに抵抗はない。 それと同じように、その男と寝ないことにも抵抗がない。 代替えがきく関係だから、後腐れも執着も何もない。 俺にとって砂羽は唯一の人だけど…… 砂羽にとって俺は代わりがきくし、いつでも切れる関係なんだと思うと、哀しくて辛い。 『代替え品』という言葉がぽんと頭に浮かび、こびりついたように離れない。 「振り回されて、遊ばれて、捨てられる。身体が馴染む前にやめときな。」 サボさんの言葉が今更ながら脳裏を掠め、乾いた笑いが漏れる。 あの時は今が幸せならそれでいいと決めていたくせに、俺は今更なにを期待してるんだろう。 ――馬鹿じゃん、俺……。 身体が馴染むもなにも、今まで味わってきたセックスはなんだったのかと思うほどよくて…… よすぎたから、もう離れられないし忘れられない。 身体も心も砂羽のことをしっかり覚えていて、この関係が続くものだとどこかで思ってた。 本命が出来るまでって砂羽が決めたけど、本命としている俺にその『時』は来ないって分かってるから。 だから、どこかで胡坐をかいていたのかもしれない。 1度目はただの烈情という名の勢いだったけど、2度目があったから…… どこかで期待してしまったのかもしれない。 あの幸せは幻だと分かっていたはず 永遠じゃないって、最初から本当は知っていた。 ――それなのに、胸がはち切れそうになるのは……なんでだろう? その時スマホがぶるりと震え、ディスプレイに浮かんでいるのは砂羽の名前だった。 少し嫌な予感がしながらも、ゆっくり開いてみると…… 「明日のバスケの練習、見に来る?」 そんな誘いが並んでいて、心底ほっとした。 無機質な短い文章がゆらりと歪み、スマホを握りしめてベッドに寝転ぶ。 毎回、こんなドキドキした気持ちでいなくちゃいけないと思うと、心臓がもたない。 いつ捨てられてしまうんだろうと思うと、胸が苦しくて破れそうだ。 気が付かないふりをしたら、この関係は長く続く? 砂羽が男の身体にハマっているうちは、一緒にいられるのか? じゃあ、男とのセックスに新鮮さを感じられる時間は、後どのくらい残されているんだろう? 死刑宣告を待つ被告人のように、その時が少しでも遅くなるよう祈りながら、俺はスマホを握りしめる。 ――どうか、もう少しだけ……俺に幸せを与えてください。 黒く染まった夜空には星も月もなく、俺の願いを聞き入れてくれる気はないようだ。 暗い夜空を見つめて窓を開けると、生ぬるい風と湿った匂いが部屋に舞い込む。 雨が降ったせいかむっとするような熱に軽く咳き込み、堪らずに窓を閉めた。 ぼんやりとその空を見上げていると、あの時の公園での空を思い出した。 息をするのも苦しくて、胸が押しつぶされたようなあの感情を思い出して…… 相葉の手のひらの温度がなぜか恋しくなる。 そういえば、あれから相葉から連絡は来ていない。 中学の頃はあんなに苦手だった相葉のことを思い出すのは、あの時迷子になった俺を探してくれたから。 「……馬鹿らしい。」 さっとカーテンを閉めてベッドにごろんと横になると、いつの間にか眠りについていた。

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