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第41話

相葉の家に居候すること3日目。 最初は四苦八苦していた家事も少しは慣れ、美味いとは一度も言われないものの、普通に食べられるものを出せるまでには成長していた。 あれから3日経つが、砂羽からの連絡は一度もない。 2日と開けずにしていたせいか、会うことはなくても全く連絡が来ないのはやはり寂しい。 あまり考えないようにしていても、ふとした瞬間思い出してしまうのは砂羽の顔。 声だけでも聴きたくて何度か電話をかけようかとも思ったけれど、陽菜季といたらまずい気がしてそれも躊躇われる。 相葉が言っていたように俺のことを邪魔だとか面倒だとか、重荷に思ってほしくはないし、思われたらとても寂しい。 でも、思ってほしくはなくても、会いたいのも事実で……。 相葉に愚痴るとうざいと一喝されそうで、優しく受け止めてくれるだろう相手の場所に、俺はまたも来てしまった。 「あれ、ひゅう?」 マーキュリーの入り口できょろきょろと目的の人物を探していると、ちょうど出勤の時間だったのか…… 透さんが2階から降りてきた。 この前盛り場で見せたような素の顔は綺麗に隠し、美しさと気品のある笑顔で俺に手を振る透さんに、なんだかこの前気にしていたことが馬鹿らしく思える。 なんか元気なかったし、ラブホでの様子もおかしかったし…… そのあたりの探りも入れようと思っていたのに、いつもと変わらない笑顔に毒気が抜かれた。 俺も手を振り返すと、愛好を崩す透さんの笑顔に癒されながら、俺もだらしない笑顔を向ける。 ここの常連になる客の気持ちが痛い程分かり、俺もここに入り浸る日も遠くない気がする。 透さんにふわりと包み込むように抱きしめられ、首元には甘いシベットの香り。 相葉には臭いと言われたが、透さんにこの匂いはとてもよく似合っている。 「この前ぶり。司とは仲良くやってる?」 開口一番にそのことを問われ、透さんも一応気にはしていたんだなと思うと、相葉に押し付けられたことを責める気にはなれない。 それに、透さんに抱きしめられるのは妙に安心して、居心地がいい。 肩に顎をのせたまま甘えても、ぽんぽんと優しく頭を撫でる手つきは、俺のことを弟だと表現していたことをそのまま表している。 「あんな宇宙人と仲良くやれるわけないじゃないっすか……。毎日掃除洗濯飯の支度でこき使われてますよ。」 「でも、この前より顔色よくなってるね?安心した。」 甘い視線を浴びながら頬を包まれて顔を確認され、妙に照れくさくなりながらも悪い気はしない。 透さんに促されてカウンターに落ち着くと、すぐにビールがふたつ到着する。 それを2人で乾杯してから口をつけると、前々から気になっていたことを思い出した。 「相葉と透さんって、ホントなんなんすか?いい加減教えてくれてもいいと思うんすけど?」 「んー……切っても切れない関係みたいな?」 「腐れ縁?」 俺と砂羽の関係みたいなものかとも思ったけれど、それにしては年齢差が開きすぎている気がする。 「司からしてみたら、俺なんかとはさっさと縁切りたいだろうけど……。」 寂しそうに微笑みながらも、やはり相葉に対しては特別な思い入れがあるように思える。 冴木さんのことも聞いては見たいが、墓穴を掘って逆に探られても困る。 「また来る」と言ったっきり、冴木さんが俺のバイト先に顔を出すことはなかった。 ただの社交辞令のようにも思えたが、貰った名刺には電話番号もメアドも記されていて、ただの気まぐれとも思いにくい。 「そういえば、この前のラブホ1人で泊まったんすか?」 散々頭の中で迷った結果、当たり障りのない質問しか俺の口からは出て行かなかった。 「広いベッドだから朝までぐっすりだったよ。」 「羨ましい!相葉んとこのベッド広いんすけど、人と寝るのって妙に疲れますよね?」 いくら大きめとはいえ、男2人で毎日毎日寝ているのは妙に疲れる。 だからといってソファーで寝るのはやはり狭すぎて、居候の身分で贅沢を言うわけにもいかない。 「え?司とセックスしてないの?」 「は?」 俺がげんなりしながらそう話すと、透さんは目を丸くしてまさかの質問をぶつけてきた。 「せっかくローションまで買ってあげたのに、2人で何もたもたしてんの?ゴムもあげよっか?」 「いやいや、そういうのじゃないですから……。」 何を勘違いしているんだと透さんを見ると、不可解そうに俺を見つめている。 初日に相葉と風呂場でちょっとした間違いはあったものの、あれ以来そんなことは一度もない。 そもそも相葉は男なんかに興味などないし、あの時だって興奮していたのは俺だけだった。 朝まで抱きしめられて眠ってはいるが、あれは抱き枕という言葉がぴったりと当てはまる。 「……さっさと喰っちゃえばいいのに。」 1人でぶつぶつと不埒な独り言をする透さんは、俺と相葉のことを根本から誤解しているらしい。 「あの、透さん?俺たちホントにそういうんじゃないんすよ?」 「司もそろそろ成人を迎えるのに、まさか健全な同棲生活送ってるなんてなぁ。せっかく御膳立てしてあげたんだから、有難く頂戴しちゃえばいいのに……。」 「成人?」 苦笑しながらグラスに口をつけて微笑む透さんの言葉に、俺はふと気になった言葉を繰り返す。 「ああ、明日っていうか……もう1時間くらいだけど。」 「あいつ……誕生日なんですか?」 「あー、うん。司はそういうの言わない子だからね。」 そう言って苦笑いを浮かべた透さんのことを見つめて、相葉のことを思い出した。 夕飯の支度は温めるだけだし、言われた家事も終わらせてきた。 だけど……。 「俺、帰ります。」 「え?」 「いや、ちょっと用事が……。」 そう言葉を濁すと、透さんも唖然としながら俺を見送ろうと腰を上げる。 「お邪魔しました。いくらですか?」 「今日はいいよ。一杯だけだし……この前のお詫び。」 そう言って背中に伝票を隠され、にこりと微笑まれた。 「じゃあ、コレ。」 「え?」 「勝負するかもしれないから。」 「あの……誰とっすか?」 「いいからいいから、ね?」 透さんにゴムを両手いっぱいに手渡され、どうしたものかと思ったけれど…… 時間もないから大人しく受け取ってポケットにしまう。 「楽しい夜を。」 「はは、また来ます。」 相変わらず誤解をしている透さんに見送られ、俺は家路へと急いだ。

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