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第42話

息を切らせて家に帰ってくると、相葉は既に帰宅していた。 俺が部屋に顔を出しても、相葉は俺のことをちらりと見て「お帰り」の一言。 「ただいま。」 自分の誕生日だというのに相葉は至って普通で、自分の誕生日すら忘れているのではないかと疑ってしまう。 誕生日の中でも成人を迎えるわけなのだから、割と上位にくるお祝いごとのはずなのに……。 相葉らしいといえばとてもらしいのだけど、それでも心にもやもやしたものが残る。 コンビニ袋を片手に部屋に入ると、流しには空になった食器があった。 「メシ、食ったの?」 「ああ。」 「1人で?」 「ああ。」 読書をしていたのか、そのまま目を伏せて本を読み続ける相葉に、完全に渡すタイミングを逃してしまう。 どうしようかとリビングをうろうろしていると、相葉がようやく視線をあげた。 「何?」 「な、何が?」 「何か用?」 流石に目の前をうろうろされて目障りだったのか、若干不機嫌そうな相葉の眼に怯みながら、おずおずとコンビニ袋を渡す。 「何コレ?」 「プレゼント。」 俺の言葉に不思議そうに眉尻をあげながらも、ごそごそと中身を確認する。 「ケーキ?」 「誕生日、おめでとう。」 「……。」 俺の言葉には無反応で、じっとケーキを見て固まっている。 「食わねえの?」 「……。」 せっかくの誕生日に安物のコンビニスイーツじゃ、誕生日感はほとんどない。 それでも、皿に出して電気を消し、ワンピースのケーキにろうそくを1本立ててライターで火を灯してみる。 「ハッピバースデイトゥーユー!ハッピバースデイトゥーユー!ハッピバースデイディア相葉~!ハッピバースデイトゥーユー♪成人おめでとう!」 かなりシュールな状況だと思うが、今できる精一杯のお誕生日会。 ほのかな明かりの向こうで、相葉は相変わらず無表情で、俺の恥を忍んだバースデイソングにも無反応。 ここまで反応の薄い相葉に、さっさと吹き消せとも言いにくい。 この空気をどうしようかと思っていると……。 「ありがと。」 あまりにも小さな声だったが、静かな部屋にはよく響いた。 そのあとすぐに火を吹き消し、部屋がすっと真っ暗になる。 喜んでくれたかはかなり微妙だが、誕生日を何もない1日のように迎えるということは避けられた。 電気をつけようと席を立つと、俺より先に相葉がベランダの方に近づき、カーテンを開ける。 「うわぁ……。」 カーテンを開くと、月の光が部屋の中へと降り注ぐ。 都内だから月だけが目立つというわけでもなかったけれど、それでも十分綺麗に見えた。 高層マンションだけあって、月と夜景が一望できる。 思わず頬がくっ付くほど窓に顔を近づけると、綺麗な満月が空に浮かんでいた。 「満月?」 「みたいだな。」 近くで相葉の気配がして、月明かりのせいか陰影がはっきりと浮き出た横顔はとてもきれいに見える。 それにしばらく見惚れていると、相葉がぽつりと疑問をなげてきた。 「つーか、なんでお前が知ってんだ?」 「え?」 「誕生日。」 「あ、透さんが……。」 「また、あいつに会ったのかよ。」 よほど苦手なのか、げんなりした顔を隠すことなくため息をつく。 透さんはあんなに相葉を慕っているのに、相葉はひどくつれない。 冴木さんのこともあるし、この3人の関係がよく分からないな……と1人でぼんやりしていると、急に顔に影が掛かった。 「え?」 相葉に正面から覆いかぶさるように抱きしめられ、首筋に顔を埋められる。 その行動には覚えがあって、軽く胸を押すと……至近距離に不機嫌そうな相葉の顔。 「また、あいつの匂いがする。」 「はは、透さんといたから移ったのかも……。」 「消してやるよ。」 この前のように身体を洗われるのかと思って身構えていると、なぜか相葉にもう一度抱きしめられた。 ほのかに香る煙草の匂いと一緒に、獣っぽいムスクの香り。 首筋に髪が触れてくすぐったさに身を捩ると、襟足をなぞる舌の感触に思わず首を竦める。 俺が固まっていることをいいことに、背中に回された指がするりと腰のラインを確かめるように滑っていく。 息をするのも忘れ固まっていると、喉奥で笑うような声がふってきた。 「何、びびってんの?」 「別に、びびってなんか……。」 間近で笑いながら顔を覗き込まれると、柔らかい表情で俺を見つめる双眼に捕まる。 いつもの馬鹿にしたような笑みではなく、流し目のような艶のある瞳に目が奪われた。 「大堀?」 俺の名前を優しく呼ぶ声にひくりと喉がなると、首筋を撫でられて変な声が出そうになり慌てて口を覆う。 毎晩のように抱き枕のように扱われているから、抱きしめられることには抵抗もないはず。 ――なのに……なんか、変。 「ちょ、ちょ、ちょ……!!」 相葉の胸を突き放すように押して身体を離すと、相葉は不思議そうに俺を見ている。 「ケーキ食おう!」 急いで部屋の電気をつけて、先ほどと同じように椅子に座る。 胸が苦しいくらいに鳴り響いていて、心臓が飛びててしまいそうで怖い。 相葉は俺のことを見つめながらも、特に何も言わずに席に着いた。 しかし、目の前のケーキを見つめても相葉がフォークを手にすることはない。 「食わないの?」 「甘いもの好きじゃない。」 「……え?」 意外な言葉に相葉を見上げると、呆れた顔をした表情の視線とぶつかった。 「最初に好み調査みたいなことしてたのに、忘れたのかよ?」 「いや、でも誕生日って言ったらショートケーキだし……。」 「その誕生日に、わざわざ嫌いなもん食う必要ねえだろ?嫌がらせか?」 「……。」 誕生日=ケーキくらい直結しているのに、ケーキを見せても少しも嬉しそうにしないことにようやく合点がいった。 誕生日を祝ってもらったことがないと言っていたのは、もしかしたら幼少期からケーキや甘いものが苦手だったから家族が倦厭していた結果なのかもしれない。 勝手に寂しい奴だと決めつけていた俺が、なんだか馬鹿らしい。 せっかくの誕生日を祝ってあげないと……なんて息巻いていたが、相葉からしたらいい迷惑だったのかも。 そんなことを考えていると、目の前にフォークに乗ったケーキを差し出された。 「ほら。」 「え?」 「やる。」 ――あーんでも、しろってか? 引く気がない相葉の眼に押されて無言のまま口を開くと、舌の上に甘いクリームがのせられた。 それを黙って咀嚼していると、再びフォークが差し出された。 「ほら。」 「コレ、ずっとやんのか?」 甘い雰囲気などまるでない中、無言で食べさせてもらうという謎の羞恥プレイ。 相葉を睨みながら躊躇っていると、唇にクリームがつくほど目の前に差し出される。 「ほら、落ちる。」 「……。」 そのまま相葉に促され、再び口を開けてケーキを放り込まれる。 久しぶりに食べた大好きなケーキの味は、いつまでも舌に残るようなしつこい甘さで、俺を幸せにはしてくれない。 ケーキを全て食べさせられたところで、相葉が何ものってない皿をフォークで軽くつついた。 「プレゼント、なくなったな?」 「……お前が食わせたからな。」 白けた視線を相葉に送ると、身を乗り出して聞いてきた。 「じゃあ、何くれる?」 「は?」 「プレゼント。」 これ以外渡すものなんてないことに気が付いていながら、にやつく口元を睨みながら答えた。 「だから、誕生日知ったのさっきだし、コンビ二ケーキくらいしかなかったって……。」 「じゃあ、お前でいいや。」 「は?」 「デザート。」 「え?は?甘いもの苦手だって……。」 俺の問いかけには答えず、相葉はゆっくりとした歩みで俺に近づいてくる。 顎を軽く指で上に持ち上げられ、自然と視線が重なった。 呆然と見つめていた俺の顔をじっと見つめ返しながら…… 気が付くと、唇を奪われていた。 頭が真っ白で一瞬反応が遅れたが、すぐに腕を突っ張ねるように胸を押すと、片手で両手首をまとめて拘束され、さらに深く口づけされる。 「ん……んんっ!!」 きつく結んだ唇をぬるりと柔らかいものに撫でられ、ぞわりと首筋が粟立つ。 下唇を啄まれた隙に熱い舌がさしこまれ、歯茎を優しく刺激すると…… 歯列を割って舌が侵入してきた。 拒もうと舌で押し返すと、それを楽しそうに絡めとられる。 ぴちゃぴちゃとこぼれそうな唾液を舌で掬い、舌先で上顎を撫でられて、全身に鳥肌がたった。 もっと無理やりやられたら、力づくで拒む気になれたのに…… 相葉のキスは蕩けるように優しくて、獰猛さの欠片もない。 ずるずると快感を引き出されるような甘いキスに、頭の後ろがぼーっとする。 ――こいつ、すげえ巧い……。 「プレゼントなんだから、大人しく喰われてろ。」 キスで酔った頭では何を言われてるのかよく分からず、引きずられるようにしてベッドに転がされた。

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