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第44話

髪を撫でられた気がして目を開けると、ベッドサイドに腰をかけた半裸の相葉と視線が合った。 「大丈夫か?」 「……大丈夫なわけねえだろ。喉痛いし、ケツ痛いし、体中筋肉痛みたいに重いし。」 ぐったりとうつ伏せになりながらそう文句を漏らすと、それだけ元気なら大丈夫だと勝手に決めつけられた。 風呂でも入っていたのか毛先が少し濡れていて、少し赤らんだ顔と相まって、先ほどのことを彷彿とさせる。 気まずく思いながら枕に顔を埋めていると、髪をくしゃりと撫でながら声を掛けられた。 「口、開けろ。」 「え?」 言われるがまま顔をあげて口を開けると、口の中に何かスース―するものがいれられる。 「これ、何?」 「ミントタブ。少しはましになる。」 「……喉、乾いた。」 喉奥がイガイガとして気持ち悪いし、張り付くような感覚が不快だ。 俺の言葉に相葉が冷蔵庫からペットボトルを取り出すと、額に軽く押し付けられる。 それがひんやりとして心地よく、微睡みながら身体を起こそうと腕に力をいれた。 なのに……。 「あ……れ?」 まるで麻痺してしまったかのように腕が震えていて、身体を起こすことも出来ない。 喉が渇いてるのに、水も飲めないなんて……。 がっくりしながら項垂れていると、脇の下に手を差し込まれた。 「わっ!」 そのまま抱っこされるように仰向けにされて、相葉の太ももの間に座らせられる。 まるで人形のように軽々と持ち上げられると、それは男としていろいろ傷つくのだけれど、今はそんなことはどうでもよくなっていた。 相葉の背中に全体重を預け、相葉にキャップを外してもらい、相葉に持たせたまま口をつける。 冷たい水は最高に上手くて、まるで赤ん坊のように扱われても文句を言う気にはなれない。 むしろ俺をこうさせたのは相葉本人なんだから、世話をしてもらって当然なんだと居直ると、少しだけ気が楽になった。 「美味いか?」 「……うん。」 唇からこぼれる水を相葉の親指に拭られ、再びベッドに寝かされる。 2時16分を記した時計を見ても、昼か夜かもピンとこない。 ――なんか、まだ眠い……。 このままベッドにずぶずぶと沈んでしまいそうなほど、体がだるい。 うつらうつらしながら瞬きを繰り返していると、相葉の温かい手が頬に触れる。 俺の様子を無言で見つめ続ける相葉の視線に気恥しさを感じて逃げると、軽く啄むだけのキスをされた。 「な、何?」 「何が?」 「今、ちゅーしたじゃん!」 「キスどころかセックスまでしただろーが……。」 何を今更と呆れた顔で言い返され、それはそうなんだけど…… 素面の状態でそういうことされると、妙に心臓に悪い。 「ってゆーか、なんであのタイミングでセックス?」 「プレゼントだって言ったろ?お前で我慢しといてやる。」 「はあ?」 ――我慢って、なんだよ……? いろんなことが引っかかったが、相葉にあんなことをされる覚えなんて全くない。 好き勝手に突っ込まれたせいで、いつになったら動けるのかも分からないし、俺がプレゼントなんてふざけている。 「ポケットにゴムあんだけ仕込んでおいて、その気がなかったはねえだろ?」 「あ……あれはっ!」 透さんに無理やり渡されたと言おうと思っていると、俺の言葉を遮って、目の前に汚れたシャツとズボンをすっと出される。 それが何を意味しているのか、一瞬のうちに相葉にされたことが記憶からずるずると引きずり出される。 何度もイったせいで白い染みがまだら模様のように残っていて、洗濯してもそれが落ちるとは思えない程汚れていた。 「どろどろに汚しやがって、借金追加で3万上乗せな?」 口端で笑いながらそう言うと、煙草を銜えて淡々とそう口にした。 「はぁ?ってゆーかさっきの強姦じゃん!犯罪じゃんっ!」 「男同士の場合は強姦じゃなくて傷害。」 煙をはきながらしれっと冷静に突っ込むと、俺に見せつけたシャツとズボンはお役御免とばかりにゴミ箱へと雑に投げ捨てられる。 「んな細かいこと聞いてんじゃねーよ!」 「喉が痛いくせに元気だな?」 髪をわしゃわしゃと掻き混ぜられ、楽しそうに笑う相葉に殺意を覚える。 「うるせえ!」 相葉の手を振りほどいてそう怒鳴ると、血管が切れそうになっている俺のこめかみを優しく撫でられた。 そのまま片腕で抱きしめられて、力の入らない俺の身体は相葉の胸に寄りかかるしかない。 その状態でも怒りは到底治まらず、力を振り絞って右腕を振り上げると、よろよろとした拳はあっさり相葉に捕まえられる。 それを外そうと躍起になっていると、髪を耳にかけられて、耳裏にキスを落とされた。 「んな元気あんなら、もう一回するか?」 「は?」 「今度は声も出せなくなるくらい、朝までたっぷり可愛がってやるよ。」 そう言いながらベッドに押し倒され、相葉がぎしりと音をたてながら、俺の上に乗り上がってきた。 その身体を押そうにも、指に力が入らない。 「いやいやいやいや!無理だって!!」 首筋に顔を埋めて、味見でもするかのように喉仏をぺろりと舐められただけで、ひくっと身体が強張る。 俺の反応を面白そうに眺める相葉の視線に一瞬もっていかれそうになりながらも、精一杯の力で押し返すと…… する気なんて最初からなかったのか、あっさりと身体を起こした。 「セックスも一応肉体労働に入れてやるから、1回5000円ってとこか?」 そんなバカげたことを言いながら、灰皿を探しにいく背中に声を荒げる。 「ざけんな!高校生の時とか一晩5万で買って貰ったこともあるし……。」 「援交までしてたのか?よっぽどスキモノなんだな……。」 呆れた顔で戻ってきた相葉に、余計なことを言ってしまったと視線を逸らす。 「ちょっとお金が欲しかっただけだし、もうしてねえよ……。」 相葉は俺の言葉にため息だけ返すと、先ほどの話題に戻される。 「だから、代わりに借金減らしてやるって言ってんだろ?」 「どう考えても5000円は安すぎだろ?」 「は?あんな何回もイっておいて安い?金払ってほしいのは俺の方だ。しかも、挿れてくれって泣きながら懇願したのはお前だろ?和姦成立じゃねえか……。」 そうぼそりと言われて、あの時のことを思い出して赤面する。 妙に優しい声を出された気がしたが、あれは後々揉めることを見越した言葉のようにも見えて、頭をぐしゃりと掻き混ぜる。 ――こいつ、詐欺師だ。 「だって、あんなの……ずるいし。」 「ずるい?」 器用に片眉をあげた相葉にそう言われ、恥ずかしいことを口にしないよう頭を少し冷やしながら言葉を続ける。 「あんな状態になったら、楽になりたいって思うの普通じゃん……。」 「これだから淫乱は……。」 馬鹿にしたようにそう吐き出され、少し落ち着き始めていた怒りが再熱する。 サボさんに何度も言われ慣れた言葉なのに、相葉に言われると妙に癇に障り、いつものように軽く流すことが出来ない。 「ってか、ゲイが気持ち悪いって散々言ってたくせに……急になんだよ。」 中学時代に相葉に言われたこと……多分、全部覚えている。 毎日のように心を抉られた言葉は、忘れようと思っても簡単に忘れられるものでもない。 すぐに言い返してくると思ったのに、俺を無言で見下ろす相葉の視線に居心地が悪くなった。 「……相葉?」 相葉の顔を凝視すると、気まずそうに視線を逸らしながらベッドサイドに腰をかけた。 「中学の時に言ったことは、謝る。」 「は?」 背中を向けたままそう言われ、意味が分からず相葉の腕を掴むと…… 振り返った相葉の表情は真顔だった。 「あれは、お前に言った言葉じゃない。」 それだけ言うと、口を噤んでしまった。 「何それ?意味分かんねえんだけど……。」 一言謝罪されただけで、あれをなかったことには絶対出来ない。 それに、相葉の言葉の意味が分からなくて説明してほしいのに、相葉はそれ以上説明する気がないようで無言を貫く。 あれは確かに俺に向けて放った言葉で、だからこそ俺の心を深く抉ったのに……。 「だが、それ以外は謝る気はない。」 「はあ?いや、あれこそ頭を下げて謝るべきだろ?」 「いやだ。」 はっきりとそう言うと、再び俺に背を向けた。 「3年間あんだけ人のこと傷つけておいて、謝るの一言で謝罪出来たと思ってんのか?」 俺の言葉が響いたのか、しばらく思案したように天井を見つめて、ゆっくりと振り返る。 「じゃあ、3年かけて償ってやるよ。」 「は?」 「ここには好きな時に出入りして構わない。欲しいものは買ってやる。それでどうだ?」 ここに住んでるのも相葉のカードも、金づるからのプレゼント。 そんなもので償ってもらったからって、少しも気持ちは軽くならない。 「人の金で買ってもらっても、お前の謝罪にならねえじゃん……。」 俺の言葉に不思議そうな顔を浮かべながらも、しばらく無言で視線を宙に彷徨わせてから、俺に向かって気味が悪いまでのにこやかな笑顔を向けた。 「じゃあ、奉仕してやろうか?」 「奉仕?」 「精神的に傷つけたお詫びに、肉体的に誠心誠意奉仕してやるよ。」 そう言って目を細めて笑うと、頬に素早くキスを落とされた。 そのまま顔を首筋に移動させ、食むように鎖骨を撫でられて、全身に鳥肌がたつ。 「いい!いらないっ!!」 力が入らない指を逆に絡めとられ、角度を変えてキスをされる。 文句を言おうと口を開くと、舌先を絡めとられてくちゅくちゅと淫猥な音をたてながら優しく吸われた。 深く深く口づけされて、吐息すらも奪い取られるような濃厚なキスに、だんだん頭が働かなくなる。 気がつけば相葉の舌を受け入れていて、相葉の腰に自分の脚を絡めるように擦り付けている自分に気が付く。 ――なんで、こんな気持ちいいんだろ……? ふとそんなことを思いながらも、視線が相葉と重なって急に気恥しくなってしまった。 視線を逸らすと顎を掴まれて視線を戻され、また深く口づけされる。 脳がどろどろと溶けていきそうなほど熱いのに、それがなぜか心地よくて…… 背中に回された腕を外す気にはなれない。 濃厚なキスですっかり身体の中心に熱が帯び、素肌に感じる吐息すら気持ちよくて、身体の奥がむず痒くなってしまう。 昨日あんなにいっぱい出したのに、それでも硬くなる貪欲な自分の身体が信じられない。 昨日は最後までなかなか触らなかったくせに、俺の性器の弾力を手のひらで確かめるような手つきに、枯れた嬌声が部屋に響く。 「ここは奉仕してほしそうだけどな?」 「んっ……しなくていい!」 これ以上されたら絶対身体が持たないからと分かってるのに、俺を追い詰めるようにピッチを速める手つきに腰が浮いて、奥が疼いて仕方ない。 「遠慮すんな。3年かけてじっくり可愛がってやる。」 笑いながら唇をなめられ、強すぎる刺激に何度も意識を失った。

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