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第45話
相葉との濃すぎるセックスのせいで、次の日だけじゃなく、その次の日もベッドから出ることすら困難な状況だった。
その間バイトは当然休みをもらい、食って寝るだけの生活を続けること2日。
寝すぎて床ずれができそうだった3日目の昼過ぎに、ようやくのそのそとベッドから這い出た。
「起きたのか?」
ちょうど出掛けるところだったのか、少し大きめのカバンを用意した相葉がベッドルームに顔を出す。
「まだ身体重い。」
視線を合わせないようにのろのろとリビングに顔を出すと、カーテンの向こうには嫌味なくらい綺麗な青空が広がっている。
「バイトは?」
「休み。」
「なら寝てろ。」
相葉が俺の肩を抱き寄せ、触れるだけのキスをする。
――また、だ……。
相葉の手を振りほどいて、腰をとんとん叩きながらリビングに向かう。
「……寝すぎて腰が痛えんだよ。」
「揉んでやろうか?」
「いらない。お前すぐに変なことするから。」
冷蔵庫を覗いてペットボトルを取り出しながら睨むと、それを相葉に奪い取られる。
奪い返そうと背伸びをすると、相葉は俺に取られないように腕を変える。
「返せよ。」
相葉を睨むと、無言のままペットボトルを差し出された。
安心して手を伸ばすと、手首を捕まえられてまたキスをされる。
唇をごしごしと腕で拭うと、その様子を楽しそうに見つめる相葉の視線にぶつかった。
「変なことなんてしてねえだろ?」
「はあ?俺が2日もベッドから起き上がれないようにしたのはあんただろ?」
「挿れてってせがむから挿れただけだし、触れって泣くから触っただけだし……。」
そう言って抱きしめられ、頭のてっぺんにキスを落とされる。
相葉の言ったことはその通りではあるけれど、ベッドに転がされてあんな状態にさせられたら……
なんでもいいから早く終われとしか考えられなかった。
今までもセックスの後に腰の奥が痛むことは何度かあったが、脚の付け根や腹筋、尻の筋肉すら痛むような経験は生まれて初めてだ。
イきすぎて腹やナカが痙攣しすぎて筋肉痛なんて、一体あれは本当にセックスなのかと疑いたくなる。
俺が抵抗をしないことをいいことに、相葉の指がシャツの背中に入り込みそうになっていたのを、無理やり剥がして手を突っぱねる。
「も、触んな!!」
相葉の手を振り払ってペットボトルを無理やり奪うと、相葉と距離を取ってから喉を潤わせた。
「夕方には帰るから、家事は休んで構わない。」
「……。」
「あと、メシは冷蔵庫に入れてあるから食えたら食え。じゃあ、な。」
俺の髪を指で優しく梳いてから玄関に向かい、ゆっくりと扉が閉まる音がして……
俺はようやく息をつく。
――あいつが家にいるというだけで、落ち着かない。
冷蔵庫の上段を覗くと、昨日の夜にリクエストしたハンバーグとサラダとスープが丁寧にラップがかけられ置かれていた。
お手本のようなその出来栄えに、腹がぐるぐると鳴り始める。
俺がレシピを見ながら作ったメシよりも、相葉が作ったメシの方が間違いなく美味いことは、この2日間でよーく分かった。
経験の差だと相葉には言われたけれど、どう考えても俺が家事をこなすよりも相葉がやったほうが速いし上手い。
それを俺への貸しだと言われたらそれまでだけれど、自己犠牲まで伴ってそこまで嫌がらせする相葉の思考がいまいちよく分からない。
俺を虐めるのがそんなに楽しいのか、悪趣味な相葉の趣向には辟易としている。
この前貰った嫌がらせのひらひらエプロンは、プレゼントであるはずがわざわざ値札がつけられていた。
19800円(税抜)の商品を簡単に捨てられるようなセレブではない庶民派の俺は、使用する見込みがないそれを後生大事にとっている。
金をかけた嫌がらせは本当に迷惑で、値札をつけてプレゼントしたのは俺の貧乏性を見越した行為な気がして、余計に腹が立つ。
何もかも見透かされたあの眼はやはり苦手で、最近妙に機嫌がいいのも鼻につく。
ここにいたら、俺の頭の血管はすぐに切れてしまいそうなほど、相葉の言動にイライラしっぱなしだった。
――2日間動けなかったからここにいたわけだけど、俺は本当にここにいていいのか?
砂羽との関係を考えるのに疲れてここに逃げてきたはずなのに、このままここにいたら……
新たな悩みで潰されてしまいそうだ。
その悩みは現段階で大きく分けて3つある。
別に貞操がどうのなんて、今更そんな青臭い話をする気はない。
する気はないが、少なくとも行為に及ぶまでに相手に同意を得る気はないのかと……
あいつのモラルはどうなっているんだろうと頭を抱える。
それに怖いくらいに与えられる快感とか、寝込まなくてはいけないほどの濃いセックスは、頭を鈍器で思い切り殴られたような衝撃で、他の男でイかなくなったらどうするんだと怒りすら覚える。
そして一番の戸惑いは、あの日を境に相葉がやたらとキスをしてくるようになったこと。
起きた時とか寝る前はもちろん、何気なくテレビを見ている時とか視線が重なった時とか、本当にどうでもいい瞬間に急にされるから、俺の心臓は少しも落ち着かない。
ヘビースモーカーな相葉の煙草の本数と競うくらいされていて、その回数は既に数えきれない。
セフレ相手にセックス中以外にされることはないから、一体どんな顔して受け止めていいのか分からない。
恋人同士ならこういうのもありなんだろうけど、ただの居候とすることではない。
ましてや、わざわざ嫌がる俺を捕まえてすることはねえだろうと思うのだが……
相変わらず相葉の心理は理解しがたい。
そのことを指摘しても1回も100回も変わらないだろうといけしゃあしゃあと丸め込まれ、いつも話し合いは平行線で強制終了する。
そんなことを悶々と考えていると、相葉と分かり合おうとすることすら無駄なんだと匙を投げたほうが楽に思えた。
ようやく普通に動けるようになったし、さっさと家に帰ろうと思いながら荷物を片づけていると……
スマホがちかちかと点滅していることに気が付いた。
「え……砂羽?」
昨日の夜に連絡が来ていたらしいが、疲労感が強すぎて早々に眠ってしまったから、まったく気が付かなかった。
着信が2回。LINEが1通。
その両方が砂羽で、久しぶりの連絡に緊張しながらLINEを開く。
「明日会える?」
その一言だけだったけれど、俺を喜ばせるのには十分だった。
明日って言うことは今日のことで、俺は身支度を急いで済ませると……
スペアキーをにポストに投げ入れてから、腰の痛みなど忘れて小走りに駅へと向かった。
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