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第46話

駅まで向かう間に砂羽に電話を掛けたものの、すぐに留守電に切り替わってしまった。 砂羽の家に行けばどうにかなるだろうと思いながら、まずは自分の家に荷物を置きに向かうと…… 玄関に俺より一回り大きな靴が残されていた。 ――砂羽、来てんのか……? リビングを覗いても砂羽の姿はなく、珍しいことに母親のもない。 カレンダーには「母ランチ会」の文字が赤色で残されていて、これは夕方まで帰って来ないなと苦笑しながらとりあえず自分の部屋へと向かう。 2階の階段を上がり、陽菜季の部屋を通り過ぎようとしたところで、中からひそひそと話す声が漏れてきた。 はっきりとした声は聞き取れないが、相手は間違いなく砂羽。 母親がいない時間にわざわざ自室で話す2人の会話なんて聞きたくもなくて、ため息をつきながら自分の部屋に入り込む。 ――俺に連絡してきたくせに、陽菜季とデートかよ……。 少し急ぎ足で帰ってきたのが馬鹿らしく、汗で湿った髪も構わずにごろんとベッドに寝そべって天井を見つめる。 こんなことなら相葉の家にいたほうがましだったかも…… そう思いながらも、砂羽と陽菜季のいる部屋が気になって仕方がない。 壁ひとつ隔てたそこに砂羽がいると思うと、そわそわとして落ち着かない。 さっさと出掛けてしまえばいいのに、2人が気になってそれも出来ない。 何もする気になれずにベッドに転がっていると、先ほどまで笑い声も交えていた会話が急に聞こえなくなったことに気が付いた。 そろそろ帰るのだろうかと期待して待ってみても、扉が開く音は聞こえてこない。 嫌な予感が脳裏をよぎったが、確かめたいという好奇心を止めることは出来なかった。 やっぱりそうじゃなかったと、安心したい。 自分の中にある不安を拭いたくて、そっと薄い壁に耳をつ当てる。 どくどくと激しくなる心臓を抑えて目を閉じると、かすかな声が耳に届いた。 たてつけの悪いベッドが軋む音と共に、途切れ途切れに聞こえる甘い声が自分の妹のものだと認識すると、頭にどくどくと血が上っていく。 もう聞きたくもないのに耳の奥に声が残っていて、なかなか離れてくれない。 ――砂羽のバカ。もう、知らない。 先ほどの荷物を掴んで荒々しく扉を閉め、2人に気づかれるようにわざと音をたてながら階段を下りた。 玄関をでると、なんだか怒りよりも虚しさが勝って…… そのままガキのようにわんわん泣き出してしまいたくなる。 陽菜季とは付き合っていて、俺とは遊び。 それをはっきりと意識すると、悔しさと虚しさで胸が押しつぶされそうになる。 家にいるのが辛いけれど、相葉の家の鍵はポストに返してきてしまった。 ――なんか、居場所なくなっちゃったな……。 ぐすぐすと洟を啜りながら行く宛もなく駅に向かい、なんとなく電車に乗った。 冷房が効いている車内は肌寒いくらいで、指先がわずかに震えている。 誰かに優しく慰めて欲しくてスマホで履歴をスクロールしていると、電話が急に掛かってきた。 相手は砂羽で、何度切れてもしつこくスマホが震えている。 仕方なく電車を降り、スマホを握りしめながらそれが切れるのを静かに待った。 ――さっき俺が邪魔したこと、怒っている? それとも、俺の機嫌を窺うための連絡か……? なかなか出る決心がつかずにいると、結局電話は切れてしまった。 静かになったスマホを握りしめているうちに、視界が揺れる。 こんなとこでひーひー泣いてたら、きっと周りから変な目で見られる。 それは分かっているのに、零れる涙をこらえることは出来なかった。

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