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第3話

絶対に関わる事なんてないと思っていた相手が、目と鼻の先にいるこの状況。 もう何が何だかわからない。悪い意味で、夢を見てるみたいだ。 「…あの…、起こしてしまって、スミマセンでした」 「ん?あぁ、別にいいよ。どうせもう起きるつもりだったし」 「そう…ですか…」 怒っていないみたい。ちょっと安心した。 でも、僕の事を凝視するのはやめてほしい。 この人、物凄く眼力があるから視線が痛い。こんな風に、視線だけで圧力を感じたのは初めてだ。 押し黙ったまま固まっていると、名波先輩は突然 「一年の野々宮葵ちゃん」 低く甘い声で僕の名前を口にした。 なんで…、なんで僕のこと知ってるの!? 思わず目を見開いた。 もしかして、気付かないうちに名波先輩の気に障る何かをしていたんだろうか。 気に入らない奴だって、目を付けられてた? …どうしよう…。 思わぬ事態に動揺して、震えそうになる手をギュッと握りしめる。 今まで、名波先輩みたいな人とは関わった事がない。どうしたらいいかわからなくて、とにかく怖い。 先輩の視線から隠れたくて俯いた。 流れる沈黙と静寂。 今ばかりは、司書さんがいない事が恨めしい。 そんな事を思って、今度は目を瞑ろうとした時、 「そんなに怯えないでほしいな」 名波先輩の苦笑いと共に僕の体が傾いた。 …え…? 気が付けば僕は床にぺったりと座り込み、名波先輩に優しく抱きしめられていた。 上半身をすっぽりと覆われるようにして、目の前には先輩の肩がある。 ふわりと鼻先をくすぐる香りは、先輩のつけている香水だろうか。シトラスウッド系の匂いがする。 何度瞬きをしても、景色と状況は変わらない。 という事は、どれだけ信じられなくともこれは現実だという事。 パニック状態に陥ると動けなくなる。 今の僕はまさにそんな状態。 抱きしめられたままピクリとも動かないなんて、さすがの名波先輩も不思議に思ったのか、 「葵ちゃん?」 そう言って少しだけ腕を緩め、僕の顔を覗き込んできた。 こんなに格好良い人のどアップは心臓に悪い。尚更動けなくなる。 「あー…っと、俺の事知ってる?」 その質問にはなんとか頷いた。 すると、名波先輩は何故か安心したように溜息を吐きだした。 「ちなみに、俺も葵ちゃんの事は知ってる。…って当たり前か」 「………」 なんで当たり前なんだろう。 こんな有名な人に知られているなんて、当たり前どころか逆にありえない事なのに。 意味がわからずひたすら瞬きを繰り返していると、先輩はフッと笑って、 「やっぱり可愛い」 力いっぱい抱きしめてきた。 「…ッ…先輩、…苦しい…です」 圧迫感と動揺と恥ずかしさ。さすがに藻掻いて抵抗する。 でも、僕如きの抵抗では、百戦錬磨の先輩の腕から逃れるなんて到底出来るはずがない。 「葵ちゃん」 「………はい」 まともに呼びかけられてしまえば無視する事も出来ず、藻掻くのをやめて返事をした。 抵抗をやめたところで、先輩の腕の力が弱まる。 ホッとしたのも束の間、先輩の口から出た驚くべき言葉に、また石化した僕。 「まさかとは思うけど、もしかして自分が姫だって知らない?」 「……………」 姫? え、何それ、美味しいの? 茫然としている様子から僕の胸の内がわかったのだろう、名波先輩はまたも苦笑した。 「校内で一番可愛い子に付けられる呼び名。だから葵ちゃんは葵姫」 「………」 「儚げで可愛くて守りたくなる」 「………」 「葵ちゃんが入学してから、ずっと気になってた」 「…あ…の…、」 「俺と付き合ってくれませんか?」 「………!?」

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