6 / 25
第5話
◆―◆―◆―◆―◆
「は!?なんだよそれ!」
「ちょっ…陸、声が大きい」
「声も大きくなるだろ!いくらあの人達だって、葵に手ぇ出すなんて許せん!」
「だからたぶん一時の気の迷いだよ、ある程度したら飽きて他の人に向くだろうから、大丈夫」
翌日。
登校してきた陸に、早速昨日の事を話した。
できる限りの事とはいえ、今日から毎放課後迎えに来るって言うし、陸にだけは言っておかないと。
そう思って話をしたんだけど、まさかここまで大きな反応が返ってくるとは思わなかった。
すぐに元の生活に戻ると僕はみてる。
でも陸はそう思わないらしい。
考えすぎだよ、絶対。
「こうなったら…、葵!」
「ん?」
「奴らが来る前に教室を出るぞ!」
「え?」
陸の目が燃えている。妙な使命感に燃えている。
呼び方も昨日までは“先輩”だったのに、今では“奴ら”に変わってしまった。
…それにしても、なんでみんなこんなに強引なんだろう。
陸にばれないように、ひっそりと溜息を吐きだした。
そしていよいよ運命の時が迫ってきた。
「いいか?葵。HRが終わったら、猛ダッシュで教室を出るんだぞ?」
「う…、うん」
「いつもの通りに昇降口に向かったら絶対に途中であいつ等に出くわすから、特別教室棟の方から回って昇降口に行く。OK?」
「……うん」
なんだかなぁ…。
もしかして毎日逃げ回る事になるの?
思わず遠い目になってしまう。
僕の肩には、既に通学バッグが装着されている。もちろん陸の指示だ。
一秒さえ無駄にしてはいけないらしい。これじゃまるで自衛隊だよ。
「はい、じゃあ今日は終わり」
担任の田中先生の、いつもの締めの言葉。同時に陸が「今だ!」と僕を促す。
挨拶もそこそこに教室を飛び出したら、視界の端で田中先生が呆気にとられているのが見えたけど、もう僕にも何が何やら…。
とりあえず言われるがままに教室を出て、特別教室棟の方へ向かった。
授業も終わったこの時間帯、さすがに特別教室棟はひとっ子一人いない。
ちょっと不気味に感じるのは僕だけだろうか。
こっちを回って昇降口へ行くとなると、ほんの少しだけ遠回りになる。だからここを通ろうなんて奇特な考えを起こす人はいない。
でも、普段どおりの道順で昇降口へ向かうとなると、二年生の教室がある上の階から下りてくる名波先輩と、間違いなく鉢合わせしてしまう。
だからこその回り道なんだけど…。
「…ハァ…」
溜息も吐きたくなる。
昨日、図書室なんかに寄らなければよかった。
そんな事を言っても後の祭りとわかっているけど、言わずにはいられない。
俯いてトボトボ歩いている僕は、傍から見たら不憫な子に見えるだろう。頭の上に暗雲が漂っている気がする。
「あれ?なんでノノちゃんがここにいるの?」
「………ま…つうら先輩…。どうしてここに…」
ありえない…。本当にありえない…。
なんで松浦先輩が理科室から出てくるんだ。
斜め前の扉が開いたかと思えば、そこからひょいっと出てきたピンク頭の松浦先輩。
その後に名波先輩も出てくるのかと警戒したけど、どうやら今日は一人みたいだ。
という事は、
「耀ちゃんが教室に行かなかった?」
やっぱり名波先輩は、宣言どおり教室に行ったんだ…。
「…あの…、僕は…」
逃げたなんて言ったら怒られるかも。どうしよう…。
どっちにしろ、ここに名波先輩も呼ばれちゃうんだろうな。
廊下の真ん中で立ち止まってオロオロとする僕。
誰から見たって“怪しいです”といっているようなものだ。
そうこうしている内に、松浦先輩が目の前に来た。そして、長身を屈めて顔を覗き込んでくる。
「ノノちゃん、もしかして耀平から逃げてきたの?」
図星を突かれて顔が引き攣った。
それは、松浦先輩から見たら泣きそうに映ったらしい。
何故か、緩い笑みを浮かべて僕の頭を撫でてきた。
「そんな泣きそうな顔しな~いの。…ノノちゃんは、耀平の事嫌い?」
優しい口調の松浦先輩。
昨日も思ったけど、名波先輩も松浦先輩も噂ほど怖い人達じゃなさそうだ。逆に、優しいとさえ思える。
…でも…。
ともだちにシェアしよう!