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第6話

「…嫌い、とかじゃなくて、…なんで突然、名波先輩があんな事言いだしたのか、訳がわからなくて…」 「あんな事って…、付き合って~とか好きだ~とかって事?」 「はい」 「そりゃアレだよ、耀ちゃんはノノちゃんに惚れてたからね、ず~っと」 「へ?」 「あ~!またそうやって可愛い顔する~」 松浦先輩の手によって、髪の毛がどんどんグシャグシャになっていく。 諦めの境地でなすがままの僕にも問題はあるけど、このままだといつかハゲそうで怖い。 「あのね、4月の始業式でノノちゃんを見て一目惚れしてからというもの、耀平はずーっとノノちゃんを影から見てて、気付けば本気で恋に落ちちゃったのね」 「…恋?」 「そう、恋だよ。…あの耀ちゃんが、声もかけられずにひたすら影から見つめるだけのストーカー的な純粋な恋をするなんてねぇ」 「………」 ストーカーは純粋じゃないと思う。そもそも、影から見つめるだけでストーカーなのかな? …って、なんとか冷静さを保とうと余計な方に考えを巡らせてしまったけど、今はとりあえず、それはおいといて。 …顔が熱くなってきた。 だって、絶対に気紛れだと思ってたのに、それなのに、恋だなんて言われたら、僕はどうしていいのかわからない。 それに、松浦先輩が言っている事が本当なら、僕がこうしてここにいるという事は、今頃教室へ迎えにいってくれているだろう名波先輩の気持ちを、思いっきり踏みにじってしまっているという事になる。 ザーッと血の気が引く音がした。 焦りながら、松浦先輩の制服の裾を掴む。 「松浦先輩っ、僕、昨日の名波先輩の発言は遊びだと思っていて、逃げていればすぐに他の子の所に行くだろうって…、だから…、だから…」 「…ノノちゃん…」 もしかしたら今頃、逃げた僕に気が付いて、名波先輩は傷ついているかもしれない。 どうしよう…。今すぐ教室に戻るべき? 自分がどうすればいいのかわからず、松浦先輩に答えを求めようと顔を上げた。 それなのに、 「…松…浦、先輩…?」 …どうして、僕は先輩に抱きしめられているんだろう…。 驚きに固まっていると、すぐにその抱擁は解けた。 「あの、」 「早く教室に戻りなさいな。俺から耀ちゃんに連絡いれて、待ってるように言っておくから」 まるで何事もなかったように、緩い笑みを浮かべて僕の肩を押す松浦先輩。 こうなると、今の行動はなんだったのか、なんて聞ける空気じゃなくなる。 「ほらほら、走って走ってー」 くるりと体を反転させられ、背中を押される。 その流れに逆らう事なんてできず…。会釈をしてその場から走り出した。 そして教室に着いた時、松浦先輩の行動を気にする心の余裕なんて木っ端微塵に吹き飛んだ。 教室の前の廊下にたたずむ長身の人影。どこか外国の血が混じってるんじゃないかというくらい金色の髪が似合っている端正な顔立ち。 壁に寄りかかって立っているだけでも絵になるその人を、見間違う事なんて出来ない。 「…名波先輩…」 数メートル手前で立ち止まり名を呟くと、名波先輩はそれまで閉じていた目を開いてこっちを向いた。 僕の姿を見た瞬間、優しく微笑む先輩。 それは作った表情なんかじゃない。心から嬉しいと思った時に浮かべる笑み。 …胸が痛い…。 ごめんなさい。そう言おうと開きかけた唇は、結局言葉を発する事は出来なかった。 それよりも先に名波先輩が「葵ちゃん」と話しかけてきたからだ。 考えすぎかもしれないけど、僕が謝ろうとしたのを遮ったように感じる。 …気のせい、だよね? 「どこか行きたい所があれば付き合うよ」 「いえ…、ないです」 「じゃあ帰ろうか」 「…はい」 楽しそうに促してくる名波先輩に肩を抱かれ、ゆっくりとした足取りで歩き出す。 昇降口へ向かう途中、擦れ違う人は全員、僕達を見て目を見開き、口を開け、立ち止まる。 そして通り過ぎた後ろの方から聞こえてくる「嘘だろ!?え!なんで!?」という驚愕の声。 そんなのが何人も続いたら、さすがに気にしない振りは出来ない。 物凄く居心地が悪くて、きっと先輩も微妙な気持ちなんだろうなーって、そっと隣を窺い見た。 …うん、僕が間違ってたよね。いつも注目されている名波先輩が、こんな事くらいで今更気にするはずもない。一般人の僕とは、日常の注目度からして違うんだから。 周囲の喧騒なんてなんのその。まったく変わらずに飄々としている名波先輩を見て、この人と一緒にいる間はずっとこの状態になるのか…と、今から疲労で寝込みそうになった。 そんな僕は、無意識に溜息を吐いていたらしい、突然名波先輩が顔を覗き込んできて「どうした?」なんて聞いてくるものだから、ビックリした。 肩を抱かれているせいで距離は近いし、こんな風に僕の一挙一足を気にかけてくれるなんて思ってなかったから。 もしかして、さっき松浦先輩が言っていた事は本当なのかもしれない。 そう信じられる何かを、名波先輩から感じた。

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