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第7話

◆―◆―◆―◆―◆ 濃かった一週間がようやく終わった。 金曜日のLHRの最中、今週の出来事を思い返してグッタリと机にうつ伏せている僕の頭を、前の席に座る陸がツンツンと突いてくる。 それを手で防ぎながらも、思考回路は迷路の中を彷徨っていた。 一週間前の穏やかな金曜日が嘘のようだ。 あの時の僕は、まさか自分が名波先輩や松浦先輩とここまで関わる事になろうとは、一片たりとも想像していなかった。 昨日までの3日間、宣言通りに毎放課後、名波先輩が迎えに来た。 最初は難色を示していた陸も、名波先輩が噂よりもまともな人だとわかったらしく、昨日はもう何も言わなかった。 「なぁ、今日も来るんだろ?先輩」 「そうだね。来るだろうね」 「葵は、最近の名波先輩の噂知ってる?」 「知らない」 「常に誰かと付き合ってたのに、今は完全フリーなんだってさ」 「………へぇ…」 「誰かに声をかける事もしてないって」 「………」 そこで更に何かを言おうとした陸だけど、担任から「おい、此花。金曜のロングホームルームくらい俺の話を聞いてくれ」と言われて渋々前に向き直った。 なんとなく申し訳なくなって、僕も机から体を起こす。 だからといって、先生の話を聞いているわけじゃない。 今の陸の言葉が気になって、それどころじゃなくなってしまった。 たぶん陸は、名波先輩があっちこっちに手を出さなくなったのは、僕の事があるからじゃない?と言いたかったんだろう。 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 そこまで自惚れられないし、もしそれが本当だったとしても、今の僕にはどうする事も出来ない。 この数日だけでも、名波先輩がモテる理由はわかった。 外見も中身も良いなんて、あれじゃみんな好きになって当たり前だ。 でも、僕自身が先輩に恋愛感情を持っているかというと…。 わからない。 このまま先輩に恋愛感情を抱けなかったら、僕に構っている先輩の今の時間が無駄になってしまう。 それが怖い。僕なんかに大切な時間を割いてもらっているのが、申し訳ない。 だから、早く気持ちを決めて、受け入れるなり断るなりしなきゃ…。 「………はぁ…」 考えすぎて痛くなってきた頭を抱えて溜息を吐くと同時に、LHRも終了した。 いつもと同じく部活に行く陸と廊下で別れ、僕は一人壁際に立って名波先輩を待つ。 教室に顔を出されるより、廊下で待ち合わせした方がまだいい、…ような気がする。 ボーっとしながら眺める窓ガラス越しの空は、爽やかな青色。フワリフワリと浮かんでいる白い雲が可愛い。綿菓子みたいだ。 「葵ちゃん」 後ろから呼ばれて振り向くと、いつもの優しい微笑みを浮かべた名波先輩が立っていた。 僕に声をかける直前まで誰かと電話していたらしく、手に持っていた携帯を操作してそれを終わらせた先輩。 「今夜、時間ある?」 「今夜ですか?空いてますけど…」 「じゃあ9時に迎えに行くから、でかける用意しておいて」 「え?」 相変わらず、こんな所はちょっとばかり強引だ。 うちは門限も無いし厳しくないから、学校さえしっかり行って成績を落とさなければ親も怒らない。 だから問題はないけれど。 …二人きりで…?そんな時間から? 意識しすぎなのかな…。でも、不安を感じる自分の心は誤魔化せない。 それが思いっきり顔に出ていたんだろう、並んで廊下を歩いていた先輩が、フと笑いを零した。 「不安そうな顔。葵ちゃんを取って食べようなんて考えてないから安心して。ちょっと遊びに行くだけだから」 「……はい」 勘違いしていた自分が恥ずかしい。そして、それが先輩にバレバレだったのはもっと恥ずかしい。 熱くなる顔を俯く事で隠しながら、ひたすら無言で昇降口まで歩いた。 そして、夜の9時。 いつでも出られる状態になって、ようやく気が付いた事がある。 僕、先輩に家の場所教えてないよね? でも、確かにあの時先輩は「迎えにいくから」と言っていた。って事は、知ってるんだよね? 心配になって、とりあえず外に出てみた。 ポーチを出て家の前の道路に立つ。 左右に伸びる道をキョロキョロと見渡していると、右側の方から車の走行音が近づいてきた。 なんとなくそっちを見ている僕の目に映った、真っ黒の車。 それはピタリと目の前で止まった。 …え? 夜の帳の中で不気味に迫力を醸し出す、真っ黒のスカイラインGTR。 「お待たせ、葵ちゃん」 立ち尽くす僕の目の前で助手席の窓が下がったかと思えば、そこに名波先輩がいた。 運転席に座っているのは、20歳前後くらいの男の人。その人が僕を見て少しだけ頭を下げたから、反射的に「こんばんは」と挨拶が口をついて出る。 「狭くて悪いけど、後ろにどうぞ」 名波先輩が指でチョイチョイと後部座席を示しているけど、ビックリしてしまって足が動かない。 すると、助手席から下りてきた名波先輩が後部ドアを開け、なんと更に、 「え!ちょっ…先輩っ」 お姫様抱っこで抱え上げられた僕は、そのまま後部座席に運ばれてしまった。

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