9 / 25
第8話
茫然としている内にドアが閉まり、名波先輩が助手席に戻ったところで走り出す車。
「総 。途中でエンが合流するから、そのまま寄らずに行って」
「了解」
どうやら、運転している人は総という名前らしい。名波先輩の友達なんだろうか。
「葵ちゃん、車酔いは平気?」
「…あ、はい、大丈夫です」
慌てて頷くと、名波先輩はホッとしたように微笑んだ。
「さっきナツから連絡が入ったぞ」
「なんだって?」
「今日は県境の方が危険だと」
「それならいい。今日はあっちに行かないから」
低い声でやりとりをする前の席の二人。
危険って、何が危険なんだろう。
どこに向かっているのかもわからないし、これから何をするのかもわからない。
そんな状況で着いていく僕はおかしいのかな。
でも女の子じゃないんだから、いいよね?
首を傾げて自問自答していると、突然名波先輩が「来た」と呟いた。
そして窓を開けて片手を外に出し、一度だけヒラリと振ってからまた窓を閉める。
同時に、後ろの車のヘッドライトがピカっとパッシングを返してきたのが見えた。
僕がキョロキョロしていたのがわかったんだろう、総さんがルームミラーでチラリと僕を見て「松浦だよ」そう教えてくれた。
さっき名波先輩が言っていたように、松浦先輩が合流したらしい。
「行くか?」
「あぁ、無線を開ける」
先輩が何やら動くと、車内にラジオのようなノイズが聞こえ始めた。
そのノイズ音が消えたかと思えば、
「耀平だ。エンと合流した。今から向かう」
名波先輩がそう言って、
『了解です』
ノイズ音と共に誰かの声が聞えた。
…無線…、だね。
初めて見るやり取りに、目と耳が釘付けになる。
なんか格好良い。僕の知らない世界だ。
「葵ちゃん、ちょっと今から峠を上がるから」
「わかりました」
頷くと、そこから少し走り方が変わった。
スピードが増したみたいで、体が後ろに引っ張られる感じがする。
街中を抜ければ、ここから先は松尾山だ。
観光地ではないただの山だから、この時間になると走っている車はほとんどいなくなる。
…そのはずなのに…。
山を上り始めたぐらいから、徐々に車の数が増えている。それも、ほとんどが改造車だ。
…もしかしてこれは…。
僕が窓の外の光景を眺めて固まっていたら、また総さんが教えてくれた。
「葵君は、走り屋って知ってるか?」
「はい」
「この峠は走り屋が集まる場所でね。俺達も、後ろの松浦も走り屋なんだ」
「………」
この車からして、もしかしたら…とは思っていたけど、本当にそうだと言われるとさすがにビックリする。
おまけに、
「今夜一緒に行動していればわかると思うが、耀平と松浦は走り屋の中では神とまで言われるくらいに有名でな。だから、こいつらと親しくしていると妬まれる事もある」
「総。そこまでに、」
「耀平、葵君に少しでも警戒させた方がいいぞ」
「………わかってるけど」
固まっている俺を見て、どこか気まずそうに話を止めようとした名波先輩だけど、総さんの言葉にまた押し黙った。
「だから、絶対に俺達の傍から離れるなよ?市街地だとさすがに目立つから、ここまでは免許を持ってる俺が運転してきたが、元々このGTRは耀平の車なんだ。だから上に着いたら耀平が走る事が多くなる。その時は、俺か加瀬の傍から離れない方がいい」
「加瀬…さん?」
「あぁ、俺は耀平の従兄弟で名波総 。ややこしくなるから俺の事は総でいい。加瀬成美 は松浦の幼馴染で、いま後ろの赤いGTRを松浦の代わりに運転してる奴」
「…もしかして…」
「後ろのGTRは松浦の物だ」
「………」
ありえないよね。なんで高校生が車持ってるの。
それも、走り屋の中で神とか言われるくらいに運転が上手いんだよね?
なんで?まだ免許も取れない年齢なのに、なんでそんな…。
疑問だらけで頭がクラクラしてきた。
「葵ちゃん、誤解してそうだから言うけど、車の名義自体は親父のだから。エンも」
「…あ…、そうですよね、ビックリしました」
顔だけをこっちに振り向かせた名波先輩の言葉に、疑問が1つ減ってホッとした。
でも…、
「耀平、葵君はまだ疑問があるみたいだぞ」
総さんは面倒見が良いみたいで、物凄く気にかけてくれている。
名波先輩ほどではないけれど、やっぱり同じ血筋だからかな…女の人にモテるだろう容姿。黒髪が男らしくて格好良い。羨ましいほどに。
総さんの姿を後ろから見て(いいなぁ…)なんて羨んでいると、名波先輩は総さんの言葉を聞いて小さく笑い声をこぼした。
「葵ちゃんの事だから、免許も持ってないのにどうして?とか思ってるんだろ?」
まさに図星。
コクコクと頷いたら、総さんにまで笑われてしまった。
「耀平も松浦も中学の時から走ってるからな。元々ずば抜けてドライビングセンスも良かったし、四年半たった今じゃ松尾山の帝王だ」
「…中学って…」
唖然とした僕の反応は間違ってないよね?
それっておかしいよね?
ともだちにシェアしよう!