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第10話

「苑さんも走るんすよね?早く行きましょうよ!」 凄いテンションの高さだ。姿が見えなくても、ワクワクしている事が伝わってくる。 それにしても、みんなが走りに行ったら僕はどこにいればいいのかな?この駐車場で待ってればいいの? 走り屋さんなんて初めて見るから、先輩達がどんな運転をするのか見てみたいけど…。 戸惑いながら周囲を見渡す。 「耀ちゃん達は走りに行ってていいよ~。俺はここに残るから」 突然聞こえた松浦先輩の言葉。 それなら松浦先輩と一緒にいればいいんだ…と思った次の瞬間、気が付いた。 もしかして、松浦先輩が残るのは僕がいるから?…と。 案の定、さっきの人が不満そうな声を上げた。 「え?どうしたんすか?苑さんが走らないなんて、もしかして車の調子が悪いとか?」 やっぱりそうなんだ。いつもだったら、松浦先輩は残る事なんてしないで一緒に走ってるんだ。僕がいるからって、先輩の楽しみを邪魔したらダメだ。 目の前に立つ、先輩のシャツの裾をツンツンと引っ張った。 「先輩」 「ん?…って…だから、ノノ姫…」 「え?」 僕、何かマズイ事した? 振り返った先輩が突然項垂れた。溜息まで吐いてる。 意味がわからずに先輩の様子をマジマジと見ていると、近づいてくる足音が聞こえた。 松浦先輩の横に名波先輩が立つ。 何か言おうと口を開いた名波先輩だけど、松浦先輩の様子に気が付いて怪訝そうな顔をした。 「エン、どうした?」 「いや、なんでもなーい」 今度は僕に疑問の視線をぶつけてくる名波先輩。 でも僕もやっぱりわからないから、見つめ合ったまま二人でコテっと首を傾げた。その傾げるタイミングが全く同じで、なんだか可笑しくなって僕が噴き出すと、名波先輩も楽しそうに笑う。 なんか、初めて名波先輩と距離が近付いた気がする。 「ちょっと、なに二人で笑ってんの」 「エンの事笑ってる」 「ぇえ?それ酷いよねぇ?」 いじける松浦先輩のピンク色の頭を小突いた名波先輩は、そのままの軽い口調で、 「先に走ってくるから、その間葵ちゃんの事頼んだ」 なんて言い出したものだから、さすがに焦った。迷惑はかけたくない。 「あの!僕は一人でも大丈夫なんで、二人とも行ってきて下さい!」 言いながらドアを開けた。 僕がいつまでも車に乗っていたら走りに行けないし。とりあえず降りなきゃ。 …でも…、 「……あの…、先輩達がいると、ドア、開かないんですけど…」 そう、ドアをガチャっと開けたまではよかったけれど、ドアの目の前に二人が立っているものだから、それ以上押し開ける事が出来ないんだ。 二人の体を無理矢理ドアで押しのけるなんて、僕には出来ない。 そんな僕の顔はそうとう情けないものだったんだろう。二人が笑いだした。 「アハハハハ!ノノ姫可愛いっ!」 「ッククク…、葵ちゃん」 なんとなく揶揄われているみたいで微妙な気分になったけれど、笑いながらも二人がどいてくれて、なおかつドアも開けてくれたから良しとしよう。 外に出ると、峠だからなのか空気が幾分ひんやりと感じる。 それが心地よくて深呼吸すると、名波先輩が頭を撫でてきた。 見上げた先には物凄く優しい表情があって、そんな表情をまっすぐ向けられる事が恥ずかしくて俯いた。 「とにかく、葵ちゃんはエンと一緒にいて。それなりにヤバイ奴も中にはいるから」 「でも…」 「それに、これが最初で最後ってわけじゃない。俺達はいつも走ってるから、今夜の回数が10本から5本になったとしてもそう変わりはない」 「そうそう。俺が姫を最高の場所にご案内しますよ~。そこで耀ちゃんの華麗な走りを見てもらわないとね」 二人の優しさがジンワリと心に染み込む。 「ありがとうございます」 満面の笑みで二人にお礼を言うと、物凄い勢いで左右から抱きしめられた。…ちょっと苦しい…。 その内に僕の窮状に気が付いたのか、総さんと加瀬さんが二人を引き剥がしに来てくれた。もう少し遅かったら、酸欠になってたかも。 「じゃ、行ってくる」 名波先輩が、僕の肩を抱いて顔を覗き込みながら言ったから、その端正な顔のアップに照れつつ「いってらっしゃい」と返した。 僕と松浦先輩が車から離れ、黒のGTRには名波先輩が、赤のGTRには加瀬さんが、そして総さんは、誰の車かはわからないけど白のワンエイティーに乗り込んだ。 他の人達もそれぞれ自分の車に向かって散っていく。 ただ、その内の一人、僕達と同じくらいの年齢に見える男の子が、こっちを振り返ったのが気にかかった。 なんとなく、睨まれたような気がする。 …気のせい、だよね? 一瞬だったし、暗かったからそう見えてしまったんだ。 自分に言い聞かせながら、意識を車に持っていった。

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