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第16話
そして放課後。
いつものように部活へ行く陸を見送ってから、屋上へ向かう。
今朝一緒に登校しただけで噂の的になった事を考えれば、明日からは登校中に名波先輩と会わないようにした方がいいかもしれない。
そんな事を考えながら、屋上へ通じる扉を開く。
途端に、外から校内へと爽やかな風が吹き抜けた。
放課後の屋上は、放課後の図書室と同じくらい人がいない。
だからこの場所を指定したけど、それはどうやら正しかったらしい。今日も今日とて、誰ひとり姿が見えない。
安心しながら扉を閉めて、給水棟の影へ回る。
「はろー、ノノちゃん」
やっぱりいた。
胡坐をかいて座り込みながら、僕を見上げて笑顔で手を振る松浦先輩。
ピンク色の髪が陽に透けて、キラキラと綺麗な光陰を浮かばせている。
「遅くなってすみません」
「違う違う。俺は1時間前からここにいるだけだから、ノノちゃんが遅かった訳じゃないよ~」
「…一時間前ってまだ授業中のはず…」
笑顔が引き攣った僕を誰が責めよう。
固まっていると、先輩は自分の隣をポンポンと手で叩いた。そこに座れという事だろう。
とりあえず、先輩の発言には目をつぶる事にして、そこに座る。
膝を抱えて体育座りをしてしまうのは、なんとなく緊張しているから。
それが可笑しかったのか、隣で松浦先輩がクスクス笑った。
「で?耀平がどうしたの?」
「なッ!?」
驚きすぎて、物凄い勢いで振り向いてしまった。
なんで名波先輩の事だってわかったんだろう。
僕が目を剥いて凝視すると、今度こそ先輩は声を出して笑いだした。
「そんなに驚かなーい。だってノノちゃんがわざわざ俺に相談って、耀平の事しかないでしょ」
「………」
鋭いというか、確かにというか…。
それでも、尊敬の眼差しを向けてしまうのは止められない。
言われてみれば「そうか」と思うけど、実際にそうやって気が付くと言う事は、やっぱり先輩の洞察力があるからだ。
でも、
「それ以外にもー、苑先輩のスリーサイズは?とか、苑先輩の初チューはいつ?とか、そういう質問も受け付けてるよ~」
なんて言っている姿を見てしまうと、尊敬は宇宙の彼方へ吹っ飛んでしまい脱力する。
そもそも、僕は先輩を名前で呼んだ事はない。
ふにゃりと力の抜けた体を、背後の壁に寄りかからせた。
もう体育座りとかする気分じゃない。両足を投げ出して座ってしまえ。
緊張も遠慮もなく、そのとおりに座りなおす。
そして、少し間をおいてから口を開いた。
「…僕、名波先輩の事は好きなんです。でも、今思ってるそれは恋愛感情の好きとかじゃなくて…。…名波先輩は、すぐに答えを出さなくていいって言ってくれたけど、本当にその言葉に甘えてずるずると答えを引き延ばしてもいいのかな…って…。好きとか、付き合って欲しいとか、今まで誰かに言われた事がないし、自分でも思った事ないから、どうするのが一番良くて、どうするのが普通なのかが全くわからないんです」
情けない事に、だんだんと声が小さくなってしまった。おまけに最後は俯きながらの言葉。
松浦先輩は、今のを聞いてどう思ったんだろう。こんな事をグズグズ考えている僕は、やっぱりおかしいのかな。
溜息を吐いて顔を上げ、隣に座る先輩を見る。
………?
先輩が、今まで見た事のないような顔をしていた。
無表情、というより、固まっていると言った方が近いかもしれない。
どうしたんだろう。
「先輩?」
そう呼びかけたら、ハッと我に返ったようにこっちを見てニコリと笑った。
「ごめんね~。真剣に考え過ぎて、魂があっちの世界に飛んじゃった」
ヘラリと笑うその姿はいつもの先輩で…、僕の気にし過ぎ、なのかな。
「そうだねぇ、耀ちゃんが答えを急かさないなら待たせておけばいいと思うよ?ノノちゃんに真剣に惚れてるからこそ、焦って答えを出してほしくないんじゃないかな?と俺は思います」
「…なるほど…」
目から鱗だ。早く答えを出せば良い…というものじゃないんだ。
更に松浦先輩は、恋人になるという事は心と心の繋がりでもある。だからこそ、時間をかけてでも、自分が納得できる答えが見つかるまでは悩んでも迷ってもいいんだよ、と言ってくれた。
耀平はそれを待てる男だ、と。
…なんだか、二人とも凄く格好良い。
信頼とはこういう事か…って、先輩達の関係がとても眩しく思える
まだ迷っていてもいいんだと安心して、こんな先輩達と知り合えた事が嬉しくて、いつの間にかヘラヘラと笑ってしまった僕。
そんな時、隣から小さな溜息が聞こえた気がして振り向いた。
「……先輩?」
松浦先輩の顔が、またさっきの無表情っぽいものになっている。
やっぱり気のせいじゃない。なんだか、変だ。
僕が呼ぶと、「ん?なになに?」なんて表情を緩めたものの、それはいつもの笑顔とは違い、どこか困惑したものが混じっている。
それを言ってもいいのか、理由を聞いてもいいのか…。じーっと先輩の顔を凝視していたら、頭をぐしゃりと撫でられた。
「そういう目で見ないのー」
困ったような笑みと、僕を見る眼差しの中にある優しさ。
そんな顔で見つめられて、何故か心臓がギュっとなった。
…なに?
一瞬の息苦しさはすぐに消え失せたものの、その感覚が妙な痕を残した気がして、思わず視線を逸らしてしまう。
「ノノちゃん?」
今度は僕が訝しまれてしまった。
あんなにあからさまに視線を逸らしたら当たり前。
どうしていいのかわからなくて、慌てて立ちあがった。
「あ、あの。相談にのってもらって、ありがとうございました!」
先輩には悪いけれど、なんだかこの場から逃げ出してしまいたい。
お礼を言って頭を下げたら、先輩はそんな僕を下から見上げ、そして一瞬だけ目を伏せた。
「…そんなお礼を言われるような事じゃないって。大した事言ってないし」
そう言った時には、もう先輩の顔にはいつもの緩い微笑みが戻っていた。
なんだか今日は、お互いにちょっと変だ。
「俺はここで一服してくから、ノノちゃん帰るなら先に帰っていいよ~。あ、でも俺と離れたくないって言うなら、」
「いいいいいいえ!大丈夫です!帰りますからっ」
ニヤニヤ笑いながら言う先輩の顔から、冗談だとはわかっていても焦ってしまう。
案の定、慌てた僕を見て先輩は大笑いした。
深~い溜息を吐いて僕がその場を去ったのは言うまでもない。
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