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第17話

◆―◆―◆―◆―◆ 昼休み。陸と一緒に中庭の芝生の上でお昼を食べていたら、名波先輩と松浦先輩が来たから驚いた。 先輩達が教室に遊びに行ったところ、僕達が中庭に行ったと誰かが教えてくれたらしい。 「いつもここで食べてるの?」 「今日はたまたまです。いつもは教室で食べてますよ」 僕の隣に座った名波先輩に答えながら、食べ終わったお弁当箱を片付ける。 目の前に座っている陸なんて、パンを5個も買っていたにも関わらず、とうの昔に食べ終えているのだから凄い。10分かかってないと思う。 その陸の隣に座っている松浦先輩は、何やら携帯を操作していた。 平和な光景。 一緒にいるのが、あの名波先輩と松浦先輩というのが不思議だけど、妙にしっくりおさまっている。 10月に入ると、日中の日差しも和らいで、木陰にいるとちょうどいい。 陸と名波先輩が会話している間に、ボーっと空を見上げた。 平和っていいな~。 そんな事を思いながら、 でも、その平和はすぐに打ち破られた。 ギュ! 突然感じた圧迫感。そして覚えのある爽やかで落ち着いた香り。 どうやら僕は、隣にいた名波先輩に抱きしめられたらしい。 驚いたのは僕だけじゃないようで、一瞬の沈黙の後、陸が身を乗り出して名波先輩の腕を掴んだ。 「ちょっと先輩!俺の目の黒いうちは、葵に手は出させませんからね!」 そう叫んで、僕から名波先輩を離そうとしている。 助けてくれるのは嬉しいけど、そのセリフはどうかと思う。陸は僕の父親ですか。 「此花、俺の邪魔をするなんて100年早い」 それに真顔で対応する先輩もどうかと思う。 陸に負けないように腕に力を込めるものだから、抱きしめられている僕はたまったものじゃない。 うぅ…と呻き声をあげながらバタバタと藻掻いているうちに、ふと気が付いた。 松浦先輩の声が聞こえない。 騒ぐの大好き!な松浦先輩が、こんなやりとりに乗って来ないはずはないのに。 陸が引っ張っている名波先輩の腕が緩んだ隙に、松浦先輩を見た。 そして、また僕の心臓がギュッと縮んだ。 …どうして、そんな顔を…。 ふざけている僕達から視線を外していた松浦先輩は、どこか複雑な…眉を寄せた苦しげな表情を浮かべていた。 その様子に、僕まで眉を顰めてしまう。 先輩、と呼びかけようと口を開いた時、視線を感じたのか、松浦先輩がこっちを見た。そして、僕が見ている事に気が付いて目を見開く。 一瞬だけ横切った(しまった)というような表情。 でも先輩はすぐにそれを消し去り、いつもの飄々とした緩い笑みを浮かべて身を乗り出してきた。 「こーら、此花ちゃん。耀平とノノちゃんの邪魔してんじゃないの」 僕から名波先輩を引き剥がそうとしている陸の腕を、松浦先輩が引っ張る。 「うわっ!ちょっと松浦先輩!葵の貞操の危機を守る俺の邪魔をしないで下さい!」 「恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んじゃうんだよ~」 「ぇえ?!」 そんな二人のやりとりに、何故か妙に胸が締め付けられた。 …そして、僕は気が付かなかった…。 二人のやりとりを見て微妙な気分になっている僕の事を、名波先輩が見ていたなんて…。 その日の放課後。 教室まで迎えに来てくれた名波先輩と一緒に、いつものように下校した。 ただ、今日はそこにいつもとは違う行動が付け足された。 「葵ちゃん。たまには寄り道してかない?」 そう言って名波先輩が向かったのは、下校途中にある自然公園。 きっと以前だったら、名波先輩と二人で公園だなんて、緊張し過ぎて絶対に無理だっただろう。 でも、今ではそんな事はない。 先輩と二人きりでも、居心地の悪さを味わうどころか、逆に居心地が良いとさえ感じている。 先輩という存在に慣れたんだと思う。 小川の流れる遊歩道に設置された、洋風デザインのベンチ。そこに座って、今日クラスであった事や、先輩の家での話なんかを取りとめもなく話したり聞いたり…。 とにかく楽しかった。 …そう、突然先輩が、キスを仕掛けてくるまでは…。 「……ッ…!?」 肩を抱かれて引き寄せられたかと思った瞬間、唇に触れた柔らかな何か。 数秒で離れたそれが名波先輩の唇だったと、僕はキスをされたのだと、真っ白になる頭の片隅でそれだけは理解した。 目を見開く僕の視界に映る、名波先輩の端正な顔と艶やかな金色の髪。 茫然と見つめていると、先輩は苦渋と後悔の表情を顔に浮かべて、 「…待つつもりだったけど、焦った。ゴメン」 と呟いた。 …焦ったって、何に? どうして先輩は、突然こんな事を…。 人の心の機微に疎い僕が、先輩の複雑な心の内を読みとれるはずもない。 機械的に口が勝手に動き、 「…焦ったって、どういう…事ですか?」 と言葉を発した。 でも、先輩はもう一度「葵ちゃんの気持ちを無視して、悪かった」とキスした事を謝るだけで、理由は教えてくれなかった。

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