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第17話
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昼休み。陸と一緒に中庭の芝生の上でお昼を食べていたら、名波先輩と松浦先輩が来たから驚いた。
先輩達が教室に遊びに行ったところ、僕達が中庭に行ったと誰かが教えてくれたらしい。
「いつもここで食べてるの?」
「今日はたまたまです。いつもは教室で食べてますよ」
僕の隣に座った名波先輩に答えながら、食べ終わったお弁当箱を片付ける。
目の前に座っている陸なんて、パンを5個も買っていたにも関わらず、とうの昔に食べ終えているのだから凄い。10分かかってないと思う。
その陸の隣に座っている松浦先輩は、何やら携帯を操作していた。
平和な光景。
一緒にいるのが、あの名波先輩と松浦先輩というのが不思議だけど、妙にしっくりおさまっている。
10月に入ると、日中の日差しも和らいで、木陰にいるとちょうどいい。
陸と名波先輩が会話している間に、ボーっと空を見上げた。
平和っていいな~。
そんな事を思いながら、
でも、その平和はすぐに打ち破られた。
ギュ!
突然感じた圧迫感。そして覚えのある爽やかで落ち着いた香り。
どうやら僕は、隣にいた名波先輩に抱きしめられたらしい。
驚いたのは僕だけじゃないようで、一瞬の沈黙の後、陸が身を乗り出して名波先輩の腕を掴んだ。
「ちょっと先輩!俺の目の黒いうちは、葵に手は出させませんからね!」
そう叫んで、僕から名波先輩を離そうとしている。
助けてくれるのは嬉しいけど、そのセリフはどうかと思う。陸は僕の父親ですか。
「此花、俺の邪魔をするなんて100年早い」
それに真顔で対応する先輩もどうかと思う。
陸に負けないように腕に力を込めるものだから、抱きしめられている僕はたまったものじゃない。
うぅ…と呻き声をあげながらバタバタと藻掻いているうちに、ふと気が付いた。
松浦先輩の声が聞こえない。
騒ぐの大好き!な松浦先輩が、こんなやりとりに乗って来ないはずはないのに。
陸が引っ張っている名波先輩の腕が緩んだ隙に、松浦先輩を見た。
そして、また僕の心臓がギュッと縮んだ。
…どうして、そんな顔を…。
ふざけている僕達から視線を外していた松浦先輩は、どこか複雑な…眉を寄せた苦しげな表情を浮かべていた。
その様子に、僕まで眉を顰めてしまう。
先輩、と呼びかけようと口を開いた時、視線を感じたのか、松浦先輩がこっちを見た。そして、僕が見ている事に気が付いて目を見開く。
一瞬だけ横切った(しまった)というような表情。
でも先輩はすぐにそれを消し去り、いつもの飄々とした緩い笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「こーら、此花ちゃん。耀平とノノちゃんの邪魔してんじゃないの」
僕から名波先輩を引き剥がそうとしている陸の腕を、松浦先輩が引っ張る。
「うわっ!ちょっと松浦先輩!葵の貞操の危機を守る俺の邪魔をしないで下さい!」
「恋路を邪魔する者は馬に蹴られて死んじゃうんだよ~」
「ぇえ?!」
そんな二人のやりとりに、何故か妙に胸が締め付けられた。
…そして、僕は気が付かなかった…。
二人のやりとりを見て微妙な気分になっている僕の事を、名波先輩が見ていたなんて…。
その日の放課後。
教室まで迎えに来てくれた名波先輩と一緒に、いつものように下校した。
ただ、今日はそこにいつもとは違う行動が付け足された。
「葵ちゃん。たまには寄り道してかない?」
そう言って名波先輩が向かったのは、下校途中にある自然公園。
きっと以前だったら、名波先輩と二人で公園だなんて、緊張し過ぎて絶対に無理だっただろう。
でも、今ではそんな事はない。
先輩と二人きりでも、居心地の悪さを味わうどころか、逆に居心地が良いとさえ感じている。
先輩という存在に慣れたんだと思う。
小川の流れる遊歩道に設置された、洋風デザインのベンチ。そこに座って、今日クラスであった事や、先輩の家での話なんかを取りとめもなく話したり聞いたり…。
とにかく楽しかった。
…そう、突然先輩が、キスを仕掛けてくるまでは…。
「……ッ…!?」
肩を抱かれて引き寄せられたかと思った瞬間、唇に触れた柔らかな何か。
数秒で離れたそれが名波先輩の唇だったと、僕はキスをされたのだと、真っ白になる頭の片隅でそれだけは理解した。
目を見開く僕の視界に映る、名波先輩の端正な顔と艶やかな金色の髪。
茫然と見つめていると、先輩は苦渋と後悔の表情を顔に浮かべて、
「…待つつもりだったけど、焦った。ゴメン」
と呟いた。
…焦ったって、何に?
どうして先輩は、突然こんな事を…。
人の心の機微に疎い僕が、先輩の複雑な心の内を読みとれるはずもない。
機械的に口が勝手に動き、
「…焦ったって、どういう…事ですか?」
と言葉を発した。
でも、先輩はもう一度「葵ちゃんの気持ちを無視して、悪かった」とキスした事を謝るだけで、理由は教えてくれなかった。
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