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第21話
僕の気持がわかったらしい先輩は、「もう行け」と冷たい視線を二人に向けた。途端に彼らは脱兎の如く車に向かい、事故っちゃうんじゃないかな…と心配になるくらいに無茶な走りでコンビニの駐車場を出て行ってしまった。
静寂の戻った駐車場。
あっという間の出来事で、いまだに何がなんだか…頭がついてこない。
チラリと横を見上げると、その視線に気が付いた松浦先輩は険しい表情を緩め、いつもの緩い微笑みを向けてくれた。
「ゴメンね、ノノちゃん」
「…え?」
「俺達のせいだね~、あのお馬鹿さん達は」
はっきりと自己嫌悪を表している声色に、僕はブンブンと首を横に振った。
だって、これはあの人達が起こした行動であって、先輩達にはなんの関係もない。逆に、助けてくれたんだから、僕がお礼を言うべきだ。
必死になってそう告げると、先輩は「参ったねぇ」と苦笑いを零した。
「ノノちゃーん、今から少しだけお兄さんとお散歩しない?」
「お散歩、ですか?…はい、行きます」
突然の散歩宣言に戸惑ったけれど、先輩ともう少し一緒にいたいと思った僕は、すぐに頷いた。
その後、先輩に手を引かれて連れて行かれたのは、近所の児童公園だった。
そこに行くまでの間に聞いた話では、この近所に先輩の友達の家があるらしい。遊びに来ていたけれど、飽きたからコンビニに行ってくる…と出掛けた先で、さっきの出来事。
偶然にも程がある。そして僕は、その偶然に助けられた。もし先輩が来なかったら、どうなっていたんだろう。
最悪な“もしも”を想像して身を震わせていると、立ち止まった先輩にベンチに座るよう促された。
柔らかい声に、体の震えも止まる。
外灯の下にある緑色のベンチ。
僕が座ると、先輩も横に座った。
スラリと長い脚が動き、膝の部分で組まれる。
僕は、ちんまりと座るだけ。
実際には1歳しか違わないのに、傍から見たら大人と子供に見えるだろう。
羨ましいな…なんて思いながら横を見た僕は、そのまま固まった。
だって…、先輩が物凄い目でこっちを見ていたから。
物凄い目。
言いかえると、物凄く優しい眼差し。
普段は緩い感じのする松浦先輩の、こんな見守るような…大人の要素たっぷりの眼差しは初めて見た。
また心臓がギュッと縮み、息がしづらくなる。
月明かりに照らされる先輩があまりに格好良すぎて、魅入られたように視線が外せない。フッと微笑む先輩は、まるでモデルさんみたいだ。
「…ねぇ…、そんなに見つめられると、さすがに俺も照れるんだけど」
「え、あの、……すみません」
慌てて顔を正面に戻す。
でも、またすぐに先輩を見る事になってしまった。
顎先に指がかかって、先輩の方を向くようにクイっと動かされてしまったからだ。
「…松浦…先輩?」
「俺ね、ノノちゃんの事が好きなの」
「……え?」
「最初に耀ちゃんがノノちゃんの事を言い出した時は、確かに可愛い子だなーとしか思ってなかったのに。気が付けば俺もノノちゃんに惚れてた」
「………え!?」
ビックリした。耳を疑った。
だって、名波先輩だけじゃなくて、松浦先輩にまでそんな事を言われるなんて…。
冗談ですよね?
その言葉は、喉奥に絡まったまま出る事はなかった。
僕を見つめてくる松浦先輩の顔が、とても真剣だったから。
こんな顔で冗談を言う人じゃないって事は、この短い付き合いの僕でもわかる。
だから、冗談には出来なかった。
固まっている僕に、更に先輩は教えてくれた。
「この前、俺と耀ちゃんが殴り合いの喧嘩をしたのも、理由はそれ。アイツは俺の気持ちに気が付いていたらしくてね。気持ちを押し殺してる俺を見て、なんで遠慮してんだ!って怒られた。…ホントに耀ちゃんは最高の男だよ」
…名波先輩が、そんな事を…。
この二人の関係や、名波先輩の優しさ、松浦先輩の優しさ。
なんだか、泣きたくなるくらいに心が切なくなった。
こんな人達が僕の事を好きだと言ってくれるなんて、本当に何かの間違いなんじゃないかと思う。
頭の中が麻痺したみたいにボーっとしている内に、顎先から松浦先輩の指が離れていった。
「いきなりゴメンね。でも、どうしても言いたかったから言っちゃった。好きになったのは俺の勝手なんだから、ノノちゃんは気にしちゃダメだよー」
「…先輩…」
そう言って緩く微笑む先輩を見て、何故か心が落ち着かなくなった。
…なに…これ…。
パーカーの裾を片手でギュッと握りしめて、先輩から視線を外す。
…いてもたってもいられないような、この気持ちは何?
浮足立つような、わーって叫びたいような、変な感覚が全身を襲う。
「遅くなる前に帰ろっか」
「…はい」
公園に来た時同様、先輩に手を引かれて歩き出したけれど、胸のざわめきはおさまるどころか、益々激しくなっていた。
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