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第8話 私の愛し方③
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音もなく落ちていく下田を見下ろし、ゆっくりと瞳を閉じた安田課長。伸ばしかけていた手を、ぎゅっと握りしめて元に戻す。自然と頬を伝っていく涙で、自分が泣いていることに、やっと気がついた。
「……どうして言ってやれなかったんだ。愛していると――最期なのに伝えられなかった……」
きゅっと下唇を噛みしめ袖で涙を拭い、下田の最期の姿を焼き付けようと、しっかりと覗き見る。アスファルトの上にじわじわと広がっていく、綺麗な真紅の血の上にその体を横たわらせ、背後には先に落ちたフェンスが転がっている状態だった。
「まるで花の上でひとやすみしている、蝶のようだよ。けして忘れないから……お前の姿」
下田の姿をしっかりと心に刻み、ふらりと立ち上がった。スラックスに入れていたスマホを取り出し、手早く110番する。
「もしもし、警察ですか? 部下が会社の屋上から転落しました。場所は――」
電話で話をしながら下田が最後に触れたであろう、屋上のドアノブ両方に自分の指紋をつけるべく、ぎゅっと握りしめた。
あとから自分が来た様に見せる、偽装工作である。
3人目だからといって、手馴れているワケではない。愛した人を失った喪失感は、言葉に出来ないくらい大きなものなれど、それ以上に自分だけのモノになった幸福感に満ち溢れ、体が否応なしにぶるぶると震えてしまった。
事務的な電話を終えスマホを元に戻し、屋上をあとにする。
「もう誰もお前に触れることがない。私だけのカゲナリだ」
堕ちてしまった恋の終止符は、永遠のかたちを持って幕を閉じた。だが――
「……やはり、寂しさは隠せないな」
独り言を呟きながら、ゆっくりと階段を下りていく。愛された身体を、ぎゅっと抱きしめながら……
【了】
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