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第2話
途端に彼の顔が歪んだけれど、同性が恋人だと名乗ったことへの嫌悪や怪訝には見えなかった。
眉が情けないくらいに垂れ下がって、今にも泣き出すんじゃないかと思えるほどに、開かれたばかりのダークグリーンが揺れる。
それは小説やドラマでも定番だから。
そんな彼の瞳を見ていれば、次に彼がどんなことを言うのかは想像に難くない。
「ごめんなさい。オレ、あなたのことを覚えてないです。……一緒に過ごした時間も、あなたの名前も。自分に恋人がいたことさえ覚えてない。自分の名前さえ」
「いいんすよ」
放っておけば泣き出してしまうんじゃないかと思うほど震えた声と、震えた瞳で。
オレの想像通り、小説やドラマで記憶喪失の登場人物が紡ぐお決まりの言葉を口にする彼を、オレは遮った。
泣かれたくなかったから。泣かせたくなかったから。
それに、恋人がいたことを覚えていないのは、当然だ。オレは彼の恋人じゃないんだから。
「また、一緒に思い出を作っていこう? アンタが許してくれるなら、オレはアンタの傍にいたいっす。アンタとまた、思い出を作っていきたい」
彼はまだ、震える瞳でオレを見つめている。
だけどその震えが、忘れた自分を責める、悲しい涙の前兆だけじゃなくなっているようにも見えた。
人は悲しくても、悔しくても、痛くても泣く。怒っていても泣く。そして、嬉しくても。
今、彼の瞳を震えさせている涙の前兆は、その、嬉し涙に思えたから。泣かせたくないのも本当だけど、オレはどこかで安心もしていた。相変わらず、狂ったほどの喜びを抱きながら。
彼にオレが受け入れられたことに。
ずっと想っていた彼の傍で生きることを許してもらえたことに。
「ありがとう……」
ダークグリーンの瞳から涙をぽろぽろ流しながら、彼は綺麗に笑った。
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