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第3話

 華宮(かみや) 真湖(まこ)。  ベッドに括られたネームプレートに記されているのは、このベッドの持ち主である彼の名前。こうして彼の名前に触れるのはこれが3回目。その内2回はこのネームプレートしかり、目にしただけだ。  もちろん、わざわざ名前を呼びあわないカップルもいるだろうし、そういう人達を否定はしない。だけどたった3回しか恋人の名前を、見聞きさえしてないっていうのは少し冷めすぎだと思う。おかしいと言われても否定はできない。  真湖がオレの嘘をあっさり信じてしまったのは、今やっと昏睡状態から目覚めたばかりで、自分の名前さえ憶えていない記憶喪失だからだ。  冷静な人間がオレと真湖を少しでもよく見れば、オレが記憶喪失の真湖につけ込んだ、“恋人でもなんでもない赤の他人”だと簡単に見抜けると思う。  とは言え、真湖の病室にはオレ以外誰もいないし、オレが押したナースコールで駆けつけてきた医者には、何年も何年も、物言わぬ真湖の隣に座っては懸命に回復を願っていたオレが赤の他人には見えないだろう。 「記憶には混濁があるようですが、容態は問題なく回復に向かっていますよ。よかったですね、華宮さん、七瀬(ななせ)さん」  だからそうやってオレにまで笑いかけてくれる医者の目に、オレを訝しむ色はない。  とは言っても、もしこの医者が内心ではオレのことを疑いに疑っていても、今のオレにはそれを見抜く余裕はないけれど。  だってやっと真湖が目を覚ました。記憶喪失ではあっても、容態に問題はないと医者がはっきり告げてくれた。そしてオレは真湖の隣を、真湖本人に許された。  人間、幸せが続くと有頂天になってしまうものだ。有頂天になれば、細かな事は見落としてしまいがちだ。だからもし、この医者が本当にオレを疑っていたらオレは見抜けないで、真湖と引き離されていただろう。最悪、ストーカーとして警察のお節介。  そしたら今度は、まったく望まない形で、真湖のダークグリーンを濡らすことになってしまう。  真湖の心に「裏切られた」「自分は危険に晒されていた」という傷を負わせてしまう。  他でもない、オレが。  もう十分ズタズタになって、ぼろきれのようになっている真湖の心を、踏み潰すことになってしまうから。 「七瀬……。それがあなたの名前?」 「うん、そうっすよ。七瀬 (うみ)。華宮 真湖が真湖の名前っす」 「七瀬 海。海くん。ありがとうございます、オレのそばにいてくれて」  まだ少し申し訳なさそうにしながらも、真湖は笑った。  それはオレの記憶に唯一残る真湖の顔よりも明るくて、生きる希望を感じられたから。他でもないオレだけは、この表情を曇らせてはいけない。  記憶喪失の人間を捕まえて「恋人だ」なんて嘘をついたんだから、もっと慎重にならないといけないな。有頂天になってしまいたい、今だからこそ。  オレは気を引き締めて、でも真湖におかしいと思われないように、やさしく微笑んだ。 「オレこそ、ありがとう。帰ってきてくれて」

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