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第3話

 覚悟してた罵詈雑言は飛んでこなかった。  泣き声も聞こえてこなくて、オレは思わず避けていた視線を、おそるおそる彼の方に戻す。  彼は怒ってなかった。泣いてもいなかった。  ただ、オレが咄嗟にカッターナイフを叩き落とした時みたく、ダークグリーンをまんまるにして、オレの方を見てた。 「えっと……」  こんな時、なんて言ったらいいのか分からない。  怒らないの?って聞くのも違う気がするし、どうしたの?って聞くのもおかしい。  オレはきっと、この時、凄く間抜けな顔をしていたと思う。そんな、あまりに困っている様子が、こんなワケ分からない理由で自殺を邪魔された彼の目にも、哀れに映ったのかもしれない。  もしかしたら、そんなんじゃなくて、彼も純粋に驚いただけなのかもしれない。 「それでオレの自殺を止めたの? 見ず知らずの人間の? 一応刃物も持ってたのに?」  ダークグリーンをまんまるにしたまま、彼は聞く。  その通りだから、オレは頷く事しかできない。 「そうっす。なんか、見て見ぬふりが出来なくて。オレ、トラブルは避けたい方なんすけど。気付いたらアンタのカッターを叩き落して、アンタに怪我がない事に安心してた。アンタからしたら、ふざけんな、って話かもしんねぇっすけどね」  まんまるのダークグリーンから、その時、唐突に涙がこぼれたから。  今度はオレが自分の目をまんまるにして驚く番だった。  驚いたし、焦った。  邪魔しちゃった時も。その理由がなんとなくだって言った時も。  泣きそうだったけど、泣かなかったのに。オレは何をしちゃったんだろうって、人の事は滅多に気にしないのに、オレは名前も知らない彼がぼろぼろ涙を流す姿に、ただただ焦って、おろおろしてた。

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