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第3話

 オレのことを短くない間見守ってくれていたんだろう彼に、すごく失礼な嘘をついたと思う。  もしかしたら彼のことをひどく傷つけてしまうかもしれない。絵に描いたように、恩をあだで返してる。  だけどそれで、幻滅してくれればいいと思った。  オレに費やしてしまった時間を返すことはできないけど、自殺現場に立ちあったから、自殺を止めたからなんて、そんな昔のできごと、忘れてくれと願って。  でも同時に、オレは、もし彼とやり直すことができたらと願ってもいた。  華宮(かみや)のお荷物じゃない。それどころか、華宮もなにも知らないような一般人として、生きていけたらどんなにいいだろうか。  オレに人間を与えてくれた彼が、隣なんて望まないから、近くにいてくれたら、どれほど幸せかって。  自殺未遂のその日、彼がぬくもりを与えてくれただけで、オレには十分すぎる幸せだったのに。あろうことか、オレは欲を出していた。  あさましい。嫌になる。  目覚めて早々、自己嫌悪に陥りかけていたオレを救ってくれたのは、やっぱり彼だった。さすがに恋人だと名乗られた時にはびっくりしたけど。  それ以上に嬉しかったから。だからオレは叫び出したいほどの喜びを必死でこらえて、恋人を忘れてしまったことを申し訳なく思う片割れを演じることに決めた。  彼が七瀬(ななせ) (うみ)という名前だと知ったのは、その後だったから、あまりに順番がおかしくなっていることに、心の中でだけそっと笑った。

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