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恋心2
なんとなく、まっすぐ帰る気になれず、正志は馴染みのバーへ寄る事にした。
「いらっしゃい」
バーテンダーの青年が正志に微笑みかけた。こじんまりとしているが居心地の良い店だ。
正志はカウンターに腰掛け、ギネスビールを注文した。そして、奥のアクアリウムに視線をやる。この店のアクアリウムは正志のデザインだ。
槇もこのバーの常連らしく、このアクアリウムを見て気に入ったのだ。
オーナーから槇を紹介されて、この店で一緒に酒を飲んだ。槇は社長にしては気さくで話しやすい男だった。
『このアクアリウムは好きな人のイメージなんです』
少し酔った正志は槇に話した。奥行きを感じさせる水草のレイアウトに澄みきった湖のような深さ。夜の店には不釣り合いなような透明感があった。
だが、いつまでも見ていたいような気持ちにさせる。不思議な魅力のあるアクアリウムだ。
吾妻をイメージして作ったアクアリウムを槇は気に入ってくれて、仕事を依頼されたのだ。
「どうしたんです? ニヤニヤして。顔が蕩けてますよ」
この店のオーナー兼バーテンダーの藤に言われて、正志は口元を引き締めた。
「そういえば、槇さんから連絡ありました?」
「正式に依頼がきたよ。ありがとう」
「そう。良かった。槇さん、ちょっと態度がでかいけど、仕事に関しては妥協しない人だからね。いい仕事させてくれると思いますよ」
「そうだね。ありがとう」
「あのアクアリウム。好評ですよ。仕事で疲れたり、上手くいかない事があった時、あのアクアリウムを見ていると癒されるってお客様がけっこういるんです」
「そっか」
正志は照れたように笑い、再びアクアリウムに視線を戻した。吾妻の事を思い出しながら。
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