15 / 38
歪んだ執着心1
「どうしたんだ? 吾妻」
振り返ると、吾妻に手を振り払われて驚いた顔の上原が立っていた。
「う、上原先輩……」
「道路の向こうからお前が見えたけど、何かに追いかけられてるみたいに走ってたから、心配で追いかけたんだ」
正直なところ、吾妻は誰にも会いたくない気分だった。心配で追いかけてくれたという上原には悪いが、早くひとりになりたい。
「す、すみません。僕、もう帰らないと……」
「待てよ。吾妻、なにがあった?」
上原は急いで立ち去ろうとする吾妻の手首を掴んだ。真剣な顔で吾妻を見ている。
これ以上、干渉してほしくなくて、吾妻は再び上原の手をほどこうとした。
「あの、なんでもありません。離してください」
「タクシー拾うんだろ?」
「あっ」
だが、上原は吾妻を捕まえたまま、手を上げてタクシーを止めた。ドアが開き、吾妻は押し込められるようにタクシーに乗った。
「あ、ありがとうござ……!?」
礼を言おうとしたら、なぜか上原もタクシーに乗り込んできた。
「そんな顔の吾妻をひとりで帰せるわけがないだろ。家はどこだ?」
「えっ……」
吾妻は困惑して上原を見た。この先輩は昔から強引でおせっかいなのだ。
何を言っても無駄だろうと、諦めた吾妻は運転手に家の場所を告げた。
マンションの前で、吾妻と一緒に上原もタクシーから降りた。
心配だから部屋まで送ると言う。吾妻は断り切れず、一緒にエレベーターに乗ったが、部屋には上げたくはなかった。
「あの、すみません。先輩。もう、ほんとうに大丈夫ですから」
「なにがあったかは、言いたくないんだな?」
「なんでもないんです。すみません」
上原はため息をついて苦笑して、吾妻の肩を優しく撫でた。
「わかった。でも、本当に辛いときは俺に相談しろよ。お前が会社を辞めた時、すごく後悔したんだ。もっと話を聞いてやればよかったって」
「先輩のせいじゃないです。僕が駄目だっただけで……」
「吾妻はダメなんかじゃない」
上原は笑って、吾妻の両肩をぎゅっと握った。そうされることの懐かしさに、吾妻は上原を煩わしく思ったことに罪悪感を感じた。昔から上原はこうやって、落ち込んだ吾妻を励ましてくれたのだ。
「……ありがとうございます」
「ああ。早く休めよ」
家に上げろと言われるかと思っていたが、上原はあっさりと帰っていった。
吾妻はほっとして部屋に入り、すぐに服を脱いでシャワーを浴びた。
「……はぁ……」
今日、自分の身に起きた事が信じられない。夢だったのではと思うが……槇に愛撫された感覚はまざまざと蘇ってくる。
───どうして? 僕なんか、綺麗でも、かっこよくもない。話がおもしろいわけでもないのに。
それに自分は同性愛者ではない。吾妻には槇が理解できなかった。
だが、槇は正志の仕事相手だ。
正志が工房に籠って製作している様子を思い出して、今日の事は絶対に正志には言えないと思う。知れば、正志は槇との仕事を断るだろう。だからこそ、正志にだけは言えない。
槇は今日みたいな事はもうしないと言った。
吾妻が我慢すれば……今日の事は忘れて、あくまでも仕事だと割り切って槇と接すればいい。
「う……」
シャワーを浴びながら、吾妻はぽろりと涙を零した。ひどく情けなくて、惨めな気分だった。
30を超えるというのに、吾妻は誰とも深い関係になった事がない。キスすらしたことがなかった。
自分から女性を口説くなどできなかったし、その逆も無かった。本当に自分はつまらない男だ。
それが、槇のような魅力的な男に遊び半分でファーストキスを奪われ、体に触れられ……イカされてしまった。
「惨めだなぁ……」
唇を震わせて、吾妻は少し泣いた。
ともだちにシェアしよう!