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歪んだ執着心1

「どうしたんだ? 吾妻」 振り返ると、吾妻に手を振り払われて驚いた顔の上原が立っていた。 「う、上原先輩……」 「道路の向こうからお前が見えたけど、何かに追いかけられてるみたいに走ってたから、心配で追いかけたんだ」 正直なところ、吾妻は誰にも会いたくない気分だった。心配で追いかけてくれたという上原には悪いが、早くひとりになりたい。 「す、すみません。僕、もう帰らないと……」 「待てよ。吾妻、なにがあった?」 上原は急いで立ち去ろうとする吾妻の手首を掴んだ。真剣な顔で吾妻を見ている。 これ以上、干渉してほしくなくて、吾妻は再び上原の手をほどこうとした。 「あの、なんでもありません。離してください」 「タクシー拾うんだろ?」 「あっ」 だが、上原は吾妻を捕まえたまま、手を上げてタクシーを止めた。ドアが開き、吾妻は押し込められるようにタクシーに乗った。 「あ、ありがとうござ……!?」 礼を言おうとしたら、なぜか上原もタクシーに乗り込んできた。 「そんな顔の吾妻をひとりで帰せるわけがないだろ。家はどこだ?」 「えっ……」 吾妻は困惑して上原を見た。この先輩は昔から強引でおせっかいなのだ。 何を言っても無駄だろうと、諦めた吾妻は運転手に家の場所を告げた。 マンションの前で、吾妻と一緒に上原もタクシーから降りた。 心配だから部屋まで送ると言う。吾妻は断り切れず、一緒にエレベーターに乗ったが、部屋には上げたくはなかった。 「あの、すみません。先輩。もう、ほんとうに大丈夫ですから」 「なにがあったかは、言いたくないんだな?」 「なんでもないんです。すみません」 上原はため息をついて苦笑して、吾妻の肩を優しく撫でた。 「わかった。でも、本当に辛いときは俺に相談しろよ。お前が会社を辞めた時、すごく後悔したんだ。もっと話を聞いてやればよかったって」 「先輩のせいじゃないです。僕が駄目だっただけで……」 「吾妻はダメなんかじゃない」 上原は笑って、吾妻の両肩をぎゅっと握った。そうされることの懐かしさに、吾妻は上原を煩わしく思ったことに罪悪感を感じた。昔から上原はこうやって、落ち込んだ吾妻を励ましてくれたのだ。 「……ありがとうございます」 「ああ。早く休めよ」 家に上げろと言われるかと思っていたが、上原はあっさりと帰っていった。 吾妻はほっとして部屋に入り、すぐに服を脱いでシャワーを浴びた。 「……はぁ……」 今日、自分の身に起きた事が信じられない。夢だったのではと思うが……槇に愛撫された感覚はまざまざと蘇ってくる。 ───どうして? 僕なんか、綺麗でも、かっこよくもない。話がおもしろいわけでもないのに。 それに自分は同性愛者ではない。吾妻には槇が理解できなかった。 だが、槇は正志の仕事相手だ。 正志が工房に籠って製作している様子を思い出して、今日の事は絶対に正志には言えないと思う。知れば、正志は槇との仕事を断るだろう。だからこそ、正志にだけは言えない。 槇は今日みたいな事はもうしないと言った。 吾妻が我慢すれば……今日の事は忘れて、あくまでも仕事だと割り切って槇と接すればいい。 「う……」 シャワーを浴びながら、吾妻はぽろりと涙を零した。ひどく情けなくて、惨めな気分だった。 30を超えるというのに、吾妻は誰とも深い関係になった事がない。キスすらしたことがなかった。 自分から女性を口説くなどできなかったし、その逆も無かった。本当に自分はつまらない男だ。 それが、槇のような魅力的な男に遊び半分でファーストキスを奪われ、体に触れられ……イカされてしまった。 「惨めだなぁ……」 唇を震わせて、吾妻は少し泣いた。

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