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秘密2

正志は電話で吾妻の掠れた声を聞いた時、疲れているのだろうと思った。 最近、正志は工房に篭りっきりだったし、事務仕事や営業は吾妻に任せっきりだ。少し無理をさせているのかもしれない。 出かけるよりも、何か買っていく方が吾妻も楽だろうと思った。 だが、寝起きだという吾妻の顔を見て、正志は密かに眉を寄せた。 ───優雨ちゃん……泣いた? 「ありがとうございます。お茶淹れますね。座っててください」 吾妻は話したくない様子だった。 吾妻は人を頼るのが苦手だ。迷惑をかけてしまうと怯えるクセがある。 まずは昼飯を食べよう。話はそれからだ。そう考えて、正志はローテーブルに弁当を置いた。 「いただきます」 いつものようにふたりは向き合って座った。正志は唐揚げ弁当だ。 「美味しい」 「昔っからこの味なんだよ。あそこの店長、親父と同級生でさ」 たわいない会話をしながら、正志は心の中で、どう切り出すべきか考えていた。 吾妻は意外と頑固だ。自分の事ではなく、他人の為に頑張りすぎるところがある。正志が忙しいのを理解していて、何か心に溜め込んでいるのかもしれない。 弁当を食べ終えてから、正志は吾妻に聞いた。 「優雨ちゃん。うちにきてもう三年?」 「はい」 「しがない熱帯魚屋だけど、不満とかない?」 「不満なんて! あるわけないです。ほんとに、すごく良くしてもらって……」 慌てたように言う吾妻に、正志は微笑んだ。 「そっか。よかった。優雨ちゃんにはずっといてほしいしね」 「僕もずっと働かせてほしいです」 「うん。だったら優雨ちゃんが我慢したり、ひとりで抱え込んじゃったりしてたらダメだよ」 「えっ」 正志はテーブルの上の吾妻の手をそっと握って、優しく聞いた。 「ごめんね。優雨ちゃん。聞いていい?……泣いた? 何かあった?」 吾妻の肩がピクッと跳ねた。正志は気付いている。けれど言えるわけがない。 男に、槇に押し倒され、彼の手でイカされてしまったなど……。 うまくごまかさなくちゃ。 吾妻は頭をフル回転させて、どうやって正志を納得させようか考えた。 正志は真摯な表情で吾妻を見ている。 その場しのぎの嘘では見破られてしまうだろう。そうなったら、今工房で正志が取り組んでいる槇の依頼のアクアリウム、それが全部が駄目になってしまうかもしれない。 それだけは嫌だった。吾妻はとっさに真実に近い嘘を吐こうと思った。 「……あの、なんか、すごく自分が情けなくなって……」 正志はぎゅっと力を込めて吾妻の手をさらに強く握った。 「どうして?」 「ま、槇社長に……」 「槇さん? 何か言われた?」 吾妻は唇を舐めて、とぎれとぎれに言った。 「あの、槇社長、ら、ラブホテルも経営してるでしょう? 正志さんにホテルの部屋の水槽も依頼したいって」 「ああ、それね」 確かに槇はラブホテルも経営している。ファッション誌でも取り上げられていた。 「僕、今まで誰とも付き合ったことないし、ホテルなんか行ったこともないから……槇社長にからかわれて……冗談とか、真に受けちゃって。それで、なんか、すごく……恥ずかしいし、情けなくなったんだ」 「優雨ちゃん」 吾妻はうつむいて、ボソボソと小さな声で続けた。 「もっと、うまく対応できたらって思うのに……ひとりでテンパってしまって……正志さんみたいに人当たりもよくないし、楽しい会話もできない。冗談も分からない。すぐに、いっぱいいっぱいになっちゃうんだ。前の会社でも、みんなをイラつかせて、僕だけ馴染めなかった。だから……」 「優雨ちゃん!」 正志が吾妻の隣にきて、その体を強く抱きしめた。 「なに言ってんの! 優雨ちゃんは今以上に頑張る必要ないよ。うちのお客さん、誰も優雨ちゃんに不満なんかないよ。わかるでしょ?」 「でも……」 「俺も親父も優雨ちゃんが来てくれて助かってる。親父と意見がぶつかって喧嘩腰になっちゃうとき、優雨ちゃんが間にいてくれるから、きちんと親父と話せるようになったんだ。本当に、すごく助かってるよ」 「……ぅん」 「優雨ちゃんまで頑固親父みたいな性格だったら、うちは血で血を洗う争いになっちゃうよ」 正志のおどけたような言い方に、吾妻は小さく笑った。 「優雨ちゃんはそのままでいいんだよ。適材適所っていうでしょ。優雨ちゃんはうちにぴったりなんだ。俺にもぴったり。優雨ちゃんがいないと何もできなくなっちゃう」 「大げさだよ」 「ほんとだよ」 正志は自分よりも華奢な体を包み込むように抱きしめた。正志からすれば、そんな小さな事で悩む吾妻が可愛くてしかたない。 初心で何も知らない吾妻を守りたい。 それに知ってほしい。本当に吾妻の事が好きなのだと。 吾妻は切ない恋心なども経験がなく、知らないのだろう。その鈍感さがもどかしくもあり、その純粋さにますます惹かれていく。 ───吾妻にも、自分を好きになってほしい。 正志は目を閉じて、吾妻の髪にすり寄せるようにして、その優しい匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

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