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破滅5
「調子はどうだ?」
夕方になって槇が戻ってきた。
「すごく助かりました~」
西野はにっこり笑って吾妻を見た。
吾妻は照れたように目を伏せた。本当に雑用程度の事しか手伝っていないのだが、西野の方は随分仕事がはかどったようだ。
「吾妻を帰しても大丈夫か?」
「はい。もうこんな時間ですね。吾妻さん、ありがとうございました。本っ当に助かりました。雑用ばかりさせてしまってごめんなさい」
「いいえ。あの、西野さんの指示がとても分かりやすかったので………」
「おい。うちの事務員を口説くな」
「えっ」
「社長じゃあるまいし。吾妻さん。うちの社長の言う事は真に受けちゃだめですよ」
吾妻は困ったように苦笑した。誰に対しても槇はこうらしい。
「じゃあ、送ってやる。来い。吾妻」
「は、はい」
「吾妻さん。今日はありがとうございました」
西野にひらひらと手を振られて、吾妻はぺこりと頭を下げてから槇の後を追った。エレベーターの中で槇が礼を言ってきた。
「今日は助かったよ。ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、昨日は本当に助かりました。ありがとうございました」
「お互い様だ」
槇は笑って吾妻を見た。男らしい魅力的な微笑みだ。
「飯に行くぞ」
「えっ。あの………」
「いいから付き合え。俺の奢りだから安心しろ」
「そ、そんな心配は」
エレベーターが一階に着き、槇はさっさと歩いて行ってしまった。
吾妻は慌てて槇を追いかけた。
今の槇からは不穏な空気は感じない。
本当に臨時の手伝いが欲しかっただけのようだ。
そして今は食事に付き合う相手が欲しいだけだろう。吾妻は帰るのは諦めて槇について歩いた。
連れてこられたのは、高級そうな和食の店だった。
少し緊張した様子の吾妻に槇が「個室だから緊張しなくていい」と言ったが、逆に緊張が増してしまう。
料亭の奥に案内され、吾妻はおどおどしながら槇の後ろをついて歩いた。こんな高級な店は初めてで萎縮してしまう。
個室で向かい合って座り、槇はくつろいだ様子で吾妻にもリラックスしろと言った。
「こんな店、一人で来てもつまらないだろう。付き合ってくれ」
「は、はい」
「そんなにかしこまるな。借りてきた猫みたいだぞ」
槇は面白そうに吾妻を見ている。吾妻は恥ずかしくなり、赤くなって俯いた。
槇は絵になる男だ。高級料亭にくたびれたスーツの自分は分相応ではない。
正志とよく行く洋食屋が懐かしい。槇と一緒にいると、どうしても情けない気持ちになってしまう。
「少しだけ付き合え」
日本酒を勧められて、吾妻は断ろうとしたが、
「口当たりがいいんだ。舐める程度でいい。昨日の清古の仕事が上手くいった祝いだと思って、少しだけ飲んでみろ」
「………はい」
槇にそう言われて断りきれず、徳利からお猪口に注がれた日本酒をちびりと呑んだ。槇の言ったように、酒の弱い吾妻にも飲みやすい。
「あ、美味しいです」
「そうか」
槇が嬉しそうに笑ったので、吾妻は少し照れてしまう。自分が酒の飲み方を教わる子供のように思えた。
今夜の槇は穏やかな空気を纏っている。吾妻がリラックスできるように、気楽な会話をふってくれていた。
少しずつ吾妻は肩の力を抜いた。徐々に朝の憂鬱な気持ちは消えていった。
食事も美味しくて、珍しく酒が進んだ。気付けば、ほろ酔いの吾妻の隣に槇が座っていた。
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