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嘘3
頭が真っ白になって返事を打てないでいると、今度は電話がかかってきた。
吾妻はドキッとして、思わずスマホを落としてしまう。
………ど、どうしよう。
恐る恐る拾うと正志からだ。ゴクリと唾を飲み込んで、電話に出た。
「………ま、正志さん?」
『吾妻。二日酔いは大丈夫か?』
「槇社長!?」
『今、清古と飲みに来たところだ。吾妻の様子を見に行ったら、ばったり会ってな』
槇はいつも通りサバサバと話している。吾妻の方は昨夜の事を生々しく思い出してしまい、言葉が出なかった。
『ちょっと! 勝手にかけないでくださいよ。あ、もしもし。優ちゃん?』
「正志さん」
『ごめんね。しんどいだろうから電話するつもり無かったんだけど、槇さんが勝手にかけちゃって。二日酔い大丈夫?』
「う、うん」
『槇さんには、もう優ちゃんに飲ませないよう約束させたから。俺が代わりに付き合うってね』
─────つ、付き合うって!?
「正志さん! だ、だめっ!!」
『吾妻。清古は俺より酒が強いんだ。心配するな』
隣からスマホを奪って槇が言った。それでも不安な吾妻は悲痛な声で槇に縋るように言った。
「ま、正志さんには何もしないでください!」
『大丈夫だ。ちゃんと帰らせる。なぁ、明日だが、朝は休んでいいから昼から来てくれ。今日休んだ分の仕事を頼みたい』
「は、はい」
『飲ませすぎた詫びに迎えに行ってやる。12時でいいな? 一緒に昼飯にしよう』
「わかりました」
『じゃあ、明日』
すっかり槇のペースのまま、通話は切れた。吾妻は唖然としてスマホを見つめた。
槇が正志に手を出す事も、昨夜の事も話す気は無いようだが、吾妻の心は重く憂鬱になる。
その夜はほとんど眠れなかった。
翌日、12時に槇は吾妻の部屋に来た。
「おはよう」
「お、おはようございます」
「もう準備はできてるようだな。行こうか」
ドアを開けた吾妻がスーツを着ているのを見て、槇は部屋にあがることはせずにくるりと踵を返した。
吾妻は慌てて鞄を持って靴を履き、槇を追いかけた。
緊張した面持ちで助手席に座る吾妻に、槇はたわいもない会話を振っていた。
まるでセックスした事など無かったかのような態度だ。あれは一度きりで、きっともう忘れたという事だと、吾妻は思いはじめた。
「清古が心配してたぞ。今朝もお前の様子を見に行こうとしていたが、一人で休ませてやれと言っておいた。俺とセックスした後に清古と顔を合わせにくいだろう?」
「………なっ!」
「清古は何も気付いていない」
槇の言葉に、安堵と羞恥で吾妻は赤くなって俯いた。
槇は駐車場に車を停めて、吾妻を連れて初めて会った時のカフェまで歩いた。
店員に個室に案内されて、吾妻はソファに座った。
「俺の店だが、料理は美味い。好きなものを頼め」
正直、食欲は無いのだが。吾妻は量が少なめのランチプレートを頼んだ。
槇はローストビーフサンドを店員に注文して下がらせた。
個室に二人きりになった途端に息を詰める吾妻に槇が言った。
「あまり怯えるな。俺だって傷付くぞ」
「………」
「多少強引だったかもしれないが、合意の上での行為だ。お前だって感じまくってたくせに」
その言い草に吾妻の顔に怒りが浮かぶ。いつも人の顔色を伺うような吾妻が、あからさまにそんな表情を見せるのは珍しかった。
槇は面白そうに笑って、吾妻の顔を見ている。
「その方がいい。お前はもっと感情的になっていいぞ。人の顔色ばかり気にしてるとつけ込まれる。俺みたいな奴に」
「あ、あなたはなにを言って………」
「約束は約束だ。悪いようにはしないから安心しろ」
────もうしないってこと………?
吾妻が槇の次の言葉を待っていると、扉がノックされ、店員が料理を運んできた。
「飯にしよう。どうせろくに食べてないんだろう? 遠慮せず食えよ」
「………いただきます」
こんな時でも律儀に両手を合わせた吾妻に槇は笑った。
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