5 / 13

第5話 現実。

俺は先輩を通して店でアルバイトをさせて欲しいと店長に頼んだ。 常連客の紹介という事も有って、店長は快諾してくれた。 俺は初めて先輩に感謝した。 店長は指導係に椿を選んだ。 「あれ?君この前、田中君と店に来てくれてた人だよね? 一ノ瀬 椿です。宜しくね。」 『神崎 涼です。宜しくお願いします。』 彼女の笑顔を見て胸が高鳴る。 彼女に近付きたい。 彼女をもっと知りたい。 彼女に俺を好きになって欲しい。。 彼女への想いが胸を擽る。 数日後、彼女には既に恋人がいるとバイト仲間から聞かされた。 小川 勝 。 彼女と同じ大学に通い、この店で一緒にバイトをしている人だ。 あんなに魅力的な人だ。 彼氏がいるのは当たり前か。。 ショックを受けながらも仕事は懸命にこなした。 彼女にやる気がない奴だと思われたくなかった。 彼女は淑やかで、遠慮がちで、か弱い女性だと勝手にイメージしていた。 だが一緒に仕事をしていく内に分かって来た。 華奢な身体の割に力が強く、責任感も有り、優しくとも自分の意志をしっかりと持ち合わせている人だった。 時折、寂し気な表情を浮かべているのが気掛かりだった。 そんな彼女の一面には、誰も気が付いていない様だ。 最初は外見から惹かれたが、彼女の男らしい内面に心底惚れ込んでしまった。 仕事が慣れて来た頃、彼女と上がりの時間が初めて一緒になった。 勝さんはその日休みだった。 彼女との距離を縮める絶好の機会が訪れた。 俺は意を決して彼女に話し掛けた。 『椿さん。今日、一緒に帰りませんか?』 「うん。良いよ。」 『。。え?』 てっきり断られると思っていた。 「。。え?って何?一緒に帰りたいんでしょ?」 彼女が笑いながら聞き返して来た。 『あ。はい!一緒に帰りましょう!』 「うん。じゃあ、先に着替えてるね。」 彼女はそう言って更衣室へと向かった。 彼女と2人きりの時間が持てる。 彼女と一緒に歩く帰り道を想像するだけで自然と笑みが溢れた。 数分後。 俺は男子更衣室で衝撃的な現実を目の当たりにする。 ずっと女性だと思っていた。 何の疑問も感じていなかった。 何故、今まで気が付かなかったのだろう。 俺の好きな人。 俺が初めて恋した人。 一ノ瀬 椿の性別が男であるという事に。。

ともだちにシェアしよう!