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第5話 現実。
俺は先輩を通して店でアルバイトをさせて欲しいと店長に頼んだ。
常連客の紹介という事も有って、店長は快諾してくれた。
俺は初めて先輩に感謝した。
店長は指導係に椿を選んだ。
「あれ?君この前、田中君と店に来てくれてた人だよね? 一ノ瀬 椿です。宜しくね。」
『神崎 涼です。宜しくお願いします。』
彼女の笑顔を見て胸が高鳴る。
彼女に近付きたい。
彼女をもっと知りたい。
彼女に俺を好きになって欲しい。。
彼女への想いが胸を擽る。
数日後、彼女には既に恋人がいるとバイト仲間から聞かされた。
小川 勝 。
彼女と同じ大学に通い、この店で一緒にバイトをしている人だ。
あんなに魅力的な人だ。
彼氏がいるのは当たり前か。。
ショックを受けながらも仕事は懸命にこなした。
彼女にやる気がない奴だと思われたくなかった。
彼女は淑やかで、遠慮がちで、か弱い女性だと勝手にイメージしていた。
だが一緒に仕事をしていく内に分かって来た。
華奢な身体の割に力が強く、責任感も有り、優しくとも自分の意志をしっかりと持ち合わせている人だった。
時折、寂し気な表情を浮かべているのが気掛かりだった。
そんな彼女の一面には、誰も気が付いていない様だ。
最初は外見から惹かれたが、彼女の男らしい内面に心底惚れ込んでしまった。
仕事が慣れて来た頃、彼女と上がりの時間が初めて一緒になった。
勝さんはその日休みだった。
彼女との距離を縮める絶好の機会が訪れた。
俺は意を決して彼女に話し掛けた。
『椿さん。今日、一緒に帰りませんか?』
「うん。良いよ。」
『。。え?』
てっきり断られると思っていた。
「。。え?って何?一緒に帰りたいんでしょ?」
彼女が笑いながら聞き返して来た。
『あ。はい!一緒に帰りましょう!』
「うん。じゃあ、先に着替えてるね。」
彼女はそう言って更衣室へと向かった。
彼女と2人きりの時間が持てる。
彼女と一緒に歩く帰り道を想像するだけで自然と笑みが溢れた。
数分後。
俺は男子更衣室で衝撃的な現実を目の当たりにする。
ずっと女性だと思っていた。
何の疑問も感じていなかった。
何故、今まで気が付かなかったのだろう。
俺の好きな人。
俺が初めて恋した人。
一ノ瀬 椿の性別が男であるという事に。。
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