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第12話 精一杯の言葉。
彼と付き合い始めて数週間が経った頃。
父から電話が来た。
『遭って欲しい人がいる。』
父にそんな事を言われたのは初めてだった。
俺は涼に実家に用が有るとだけ告げ、家へと向かった。
玄関のドアを開けると其処には女性物の靴が在った。
神妙な面持ちでリビングに足を踏み入れると、父の隣で床に頭を擦り付け嗚咽を漏らしている女性が顔を上げた。
『椿。ごめっ…ごめんな…さい。』
「母さん。。」
10年前のあの夏の日。
家を出て行った筈の母が、俺の目の前に居た。
茫然としその場に座り込む俺に向かって、父が重い口を開いた。
父の話を聞き、結婚する前に母が叔父と恋人同士だった事を俺はこの時初めて知った。
父は弟に似ていた俺が自分の子では無いかもしれない。
そんな疑念を払拭出来ず、俺達と顔を合わせるのが辛かったらしい。
母は父の誤解を避ける為、俺に女の子が好む様な物ばかりを当てがったそうだ。
一方で、自分の歪んだ愛情が息子の人生まで歪めて仕舞っている事に恐怖し、あの日家を出たのだと。
父は妻と息子が離れて行って、自分の愚かさを悔やみ、妻を探し続けた。
そして遂に妻の居場所が分かり、父は彼女の元へと出向き、家に帰って来て欲しいと懇願し今に至ると。。
俺は父の話を何処か他人事の様に聞いていた。
怒りの感情に支配される事も無く。
涙も出て来なかった。
只。
何も知らず、大人達に翻弄され続けたあの頃の俺が酷く惨めに思えた。
「ごめん。今日は帰る。」
立ち上がり踵を返そうとしたその時、涙を流し頭を下げる2人の姿がとても小さく見えた。
「来週。。又、帰って来るよ。」
今、両親に言える精一杯の言葉を口にし、俺は足早に家を後にした。
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