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再会1
悪友から急遽、合コンの人数合わせに呼び出された豪は、居酒屋の隅の席で黙々と飯を食べていた。
傷痕があっても豪は男らしい精悍な顔立ちをしている。
無愛想だが、逆に寡黙で魅力的だと女にはウケていた。それで時々、客寄せパンダとして合コンに呼ばれるのだ。
飲み代は半額にするからと頼まれるので、しぶしぶ参加していた。
一次会が終わり、カラオケに行こうかと皆が話していると「抜け出そう」と、一人の女が誘ってきた。
興味はなかったが、カラオケなんかに行く気はないので、豪は女と二人で抜け出した。
「ねぇ、どこ行く? うち来る?」
「……やっぱ帰るわ」
女の手をするりとかわして、豪は一人で歩きだした。女の怒っている声が聞こえたが、気にしない。
あの夏の出来事が原因で変わってしまったことが二つある。
ひとつは豪の性格だ。もうひとつは……
『……あっ、やだ、やめて』
下半身を剥き出しにされて、不埒な手に涙を溢す葵を何度も夢に見た。
豪はいくども罪悪感を伴う自慰に耽った。
まるで自分も少年にいたずらをする変態になってしまったのかと怯えたが、豪が反応してしまうのは葵だけだ。適当な女や男とも遊んでみたが、出すものを出してしまえば空しいだけだった。
すっかりすれてしまった今の豪を見たら、葵はなんて言うだろうか?
そんなことを考えながら歩いていると、路地裏から悲鳴が聞こえてきた。どうやら男同士の痴話喧嘩のようだ。無視して通り過ぎようとしたが、
「しつこいよ、離せってば」
「待てよ! 葵!!」
懐かしい名前が豪の足を止めた。
同じ名前のよしみで助けてやろうかと、豪は路地裏へと足を向けた。
スーツ姿の男が若い男の腕を掴み、壁に押さえつけていた。
「おっさん、しつこいと嫌われるよ」
豪はスーツの男の肩をポンと叩く。男は驚いて振り返る。
「なんだ? お前……葵、さっそく新しい男を作ってたのか!?」
「いや、俺は……」
間男の疑いをかけられて、豪が否定しようと口を開いた時、スーツの男の後ろに立つ青年の顔が見えた。豪は目を大きく見開いた。
「……師匠?」
目の前の青年は色が白く、中性的な顔立ちをしていた。華奢なわけではないが、細くてすらりとしたしなやかな体だ。長い前髪越しに気の強そうな瞳が見える。
思い出の中の日焼けした肌の少年とは似ても似つかない。
でも、瞳が同じだ。あの目は忘れない。葵の目だ。
葵は怪訝そうな顔で豪を見て、すぐに驚いた表情になる。じっと豪を、というよりは豪の左のこめかみから頬に走る傷痕を見つめた。
無言で見つめ合う二人に、男はキレだす。
「やっぱりお前、浮気してたんだな!」
豪の襟首を掴んで殴り掛かってきた。豪は簡単に躱して、男のみぞおちを殴った。
地面に沈んだ男を一瞥して、葵は背を向けて歩き出した。
「あっ……待って! 葵! 師匠!!」
「人違いだよ」
路地裏を抜けて早足で歩き続ける葵を、豪は慌てて追いかける。人違いなんかじゃない。自分を見る目は間違いなく葵のものだ。
「俺、豪だよ。師匠」
「師匠って呼ぶな!!」
ふり返って怒鳴った葵に、豪は嬉しそうに笑いかけた。
「やっぱり……葵だ……っ」
「いい加減に……お前っ!?」
豪の瞳がみるみる潤んで、堪えきれずに涙が溢れ出す。
「……あ、会いたかったんだ……ずっと……う、うっ」
まるで堤防が決壊したかのように、豪はぼろぼろと涙を零している。
180を超える長身の豪が子供のように泣きじゃくる姿は一種異様で、通行人がぎょっとした顔になった。
「くそっ……ついて来い!」
葵は苛立ったように、豪の手をひいて歩き出した。
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