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再会2

「ここは?」 「俺の部屋」 豪は葵の住むマンションに連れてこられた。豪は部屋を見回したが、物の少ないワンルームは生活感が無かった。 「同じ町に住んでたなんて知らなかった」 「……ああ、最悪だよな」 葵の言葉が豪の胸にガラスのように突き刺さる。 そりゃそうだろう。葵は一度も手紙の返事をくれなかった。きっと彼にとって、豪の事は忘れたい記憶の一部なのだ。 「……ごめん」 「は?」 「俺が……俺が葵を一人にしたから。俺のせいだ。ずっと、謝りたかった」 ずっと胸に閊えていた想いを豪は吐き出した。だが、葵は冷ややかな目で豪を見ている。 「お前に謝ってもらう必要ないんだけど?」 「でもっ!」 「なに? もしかしてお前、悲劇のヒーロー気取りだったの?」 葵はイライラしながらタバコを咥えて火を付けた。 目の前の葵は昔とはまるで別人だ。気怠げに煙を吐き出す仕草に豪はぞくりとした。 「俺が今何やってるか教えてやろうか?」 豪は聞くのが怖くなる。葵はまるで豪を傷付けようとでもするかのような目で見ているからだ。 「売りだよ。ゲイのおっさん相手にセックスしてんの。さっきのは客」 「な……!?」 「親も離婚したし。親父と一緒に住むのも気まずい感じでさ、部屋借りてもらって一人暮らししてたんだけど……気付いたらこうなってた。結局、俺ってこっちの道が向いてたんだよ」 葵は乾いた笑いと共に煙を吐き出した。 こんなのは葵らしくない。豪は葵の両腕を掴んで揺さぶった。取り戻したかった。昔のままの葵を。 「……だめだ……駄目だ!! そんなこと、葵らしくない!」 「らしくないって、知らないだろ? 噂のせいで引っ越さなきゃならないわ、母親はノイローゼになるわ、なんか妙に男にモテるようになるわで大変だったんだよ、こっちも」 「葵……」 「その傷痕、かっこいいじゃん。お前はいいよな、失ったものなんかないだろ」 「失った。葵を失ってたよ。だから……会えて嬉しい」 それなのに、目の前の葵は別人だ。まるで、あの日葵を守ることができなかった自分を責めるように、荒んだ言葉を豪に投げつける。 「ずっと会いたかった。葵のこと、誰も教えてくれなかった。中学のとき、葵に会いに行ったけど、もう引っ越してて。どこにいるのか分からなくて。あの日のことを何度も後悔した……葵の夢を何度も見たよ。本当に……会いたかったんだ」 豪の切実な告白に、葵は冷たい声で答えた。 「なに? お前、俺のこと好きだったの?」 「……あ」 葵を思い描いて自慰をした事を見透かされたようで、豪は狼狽えてしまう。 そんな豪を見て、葵は嘲笑うような言葉を続けた。 「まじかよ、お前。俺とヤリたいんだ?」 「ちっ、違う!! そんなんじゃない!」 「図星かよ。金払うんなら相手してやってもいいよ。その代り二度と俺の前に現れるな」 「やめろよ、そんなこと言うな。俺はそんなつもりは……」 誤解だと焦る豪を葵は突き飛ばして、吐き捨てるように言った。 「お前も柳の兄貴と同じだな」 刃のような言葉に貫かれて、豪は目の前が真っ暗になった。 葵に会いたい、謝りたい。 でも本当は……葵に許してほしかった。 十年間、豪も苦しんできた。 でも葵の方がもっとずっと苦しんできたのだ。それなのに、豪は自分が葵に許される事、葵に受け入れてもらう事を心の奥底で望んでいたのだ。 そんな自分の弱さを暴かれて、豪は羞恥と怒りに震えた。 葵は豪を許さない。 豪なんかに会いたくはなかったのだ。 言葉の刃で豪を切り刻む。豪の心は血まみれになった。 「出て行け。二度と俺に会いに来るな。もう忘れろ」 葵の死刑宣告のような言葉に、豪の中で何かが切れてしまった。 無言のまま豪が葵にぐっと近付いてきた。葵は驚いて豪の胸を押し返す。 「早く出て行けって……あっ」 豪は葵の体を両腕で捕らえるように抱きしめる。子供の頃は同じくらいだったのに、今では体格がまるで違う。更に力を込めて葵の細い体を抱きしめた。 「痛いっ! 馬鹿力! 離せよ」 「当たってるよ」 「なにが?」 「葵が好きだ。葵の事を考えてオナニーしてた」 「!?」 驚いた葵の体が固まる。 「……葵の言う通りだ。俺、あいつと同じだ」 「ちがう……違う違う、お前は……んっ!」 豪は葵の唇に噛み付くように口付けた。 葵は自分を許さない。もう二度と会わず、忘れてしまう。 ならいっそ……憎まれた方がいい。そんな考えが脳裏に浮かび、豪は自分の葵への執着はこんなにも激しかったのだと初めて気付いた。

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