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はじめの裏切り者
昼休みの図書館。
高くあがった太陽がくれる日差しが暖かくて窓際を占領してはいつもうたた寝していた。
そんな沙葉良の穏やかだった日常を破って入ってきたのは龍弥の方だったのだ――。
人の気配に気付き顔を上げると目付きの鋭い男が沙葉良を見下ろしていた。
真っ黒な瞳はやけに強い力を孕んでいて、沙葉良はそこから視線を外すことが出来なかった。
「――なんだ、男かよ。お前みたいな顔すげータイプなのに」
初対面の男にいきなりそう告げられた。
自分は元々恋愛対象が同性だったので、一瞬にして人を惹きつける瞳を持つような男にそんなことを言われたら勘違いのひとつでもしてしまう。
沙葉良はあっけなく、いとも容易くその男に恋をした。
龍弥は沙葉良を弄ぶようにやさしく微笑み、気安く髪に触れ、伸ばせば似合うと仄めかした。
会うと龍弥はいつも不遜な笑みを浮かべていた。だがそれが似合う男だった。妙な雄の色気が龍弥にはあったのだ。沙葉良はますますその魅力に取り憑かれ、昼休みのたび会えることに純粋な喜びを感じていた。
だが、しばらくすると龍弥の笑顔が消えていることに気付く。
消えただけでなく、あからさまに何かに苛立ち、憤っている様子だった。
沙葉良の顔をまっすぐ見なくなれば、髪にも触れなくなった。
龍弥の苛立ちは沙葉良の前にとうとう姿をはっきりと現した。
「なんでもかんでも言うこときいて、お前は俺の奴隷かよ!」
そう言葉にされたところで沙葉良は龍弥がなぜ怒っているのか理解出来なかった。
髪を伸ばせば似合うと言われたから伸ばしたのに、龍弥の望む姿になったのに、なぜ喜ぶどころか憤るのか。沙葉良はひどく混乱した。
「なんとか言えよ!!」
強い力で腕を掴まれ前後に身体を揺すられる。痩せた腕に強い指が食い込んで酷く痛んだ。
「俺は……ただ……」
龍弥が少しでも、自分を見てくれたらと――。
沙葉良は震えながら瞳を赤くして涙を堪えた。
龍弥がもっと笑ってくれたらどんなに幸せだろうかと夢見ていたのに――。
現実は沙葉良の思い描く未来とは間逆に進むどころか、知らないうちに無数の傷やひびが出来ていて、とても沙葉良ひとりで直せそうになかった。
次の瞬間、傷は大きく切り裂かれ、ひびは限界を迎えて粉々にそれは飛び散った。
「咥えろ」
「――え?」
「オナニーのかわりしろって言ってんだよ!」
割れた破片は全部沙葉良の身体に突き刺さり、皮膚の中に埋まってしまった。
だからこんなにも身体のあちこちが傷むのだと沙葉良は思った。
自分はどこで間違えのだろうか――。
沙葉良は体中の涙が一気に干上がり、体温が下がるのを感じた。
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