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かなしい裏切り者
「龍弥! やめっ……」
5限のチャイムが遠くで聞こえた。龍弥は入り口にいる司書に見つからないように机の足元へ沙葉良を追い込み唇を再び奪う。
何度も何度もしつこく、その中を犯した。
なのに龍弥の苛立ちは未だ収まらない、なぜなら沙葉良がずっと抵抗してくるからだ。
「いや……っ、こんなの、いやだ!」
沙葉良の拒絶などというものは龍弥の辞書には載ってなかった筈だ。
こんな余計なものを誰が書き加えたのか、なんてのは愚問だろう。
――あの男だ……。
龍弥はその男を殺してやりたいと瞬間的に思った。
そんな制御できない自分の感情に自分自身が驚き、戸惑っていた。
それでも今は目の前の沙葉良をどうしても離したくないと本能的に思ったのも事実だ。
「黙れよ……頼むから……」
自分の身体を必死に抱きしめる男からは辛く、振り絞ったような哀願の声が漏れる。
今まで沙葉良が一度として聞いたこともない、弱々しくて、悲しげな声だった。
そのせいで沙葉良は手に込めていた力が自然と抜けてしまった。
心細そうにするその肩に手を添えると少し龍弥が震えているのがわかった。
あんなに望んでいた男の身体は酷く熱くて、触れた肌からその温度が伝染しそうで沙葉良は怖かった。
沙葉良の膝の上でこどものように龍弥が再び寝息を立てていた。
まるで母親のように慈しみながらその髪を沙葉良はゆっくりと撫でている。
太陽は少しずつ西へと下っていく。
時間とともに影になったその場所は少しだけ寒く感じた。
「龍弥……俺たちはもう――」
「どした?斗貴央 。そんなに携帯 睨んで」
「ん~、返信が来ない……」
いつもなら授業が終わると同時にメッセージが送られてくるか、先にこちらから送ればすぐに返信が来るのに今日は受信も既読の印もつかない。
「フラれたか?!」
面白そうに友人に茶化され斗貴央はジロリときつく睨み返す。
「――充電、切れ……かなあ?」
斗貴央はしぶしぶ制服のポケットに鳴らない携帯をしまった。
「じゃあ、またね」
校門の前で沙葉良は何もなかったみたいに笑ってみせた。
龍弥はいつもの無表情でそれを眺めたままだ。
「――なあ、沙葉良。――俺の嫌いなとこ言えよ……」
「何? 急に。多過ぎて時間足りない、また今度ね」
「今言え」
ハッと短い溜息を沙葉良はつくと、ただをこねる龍弥に向かってもう一度笑顔を作った。
「そーいうとこ、全部嫌い!」
引導を渡したつもりだった。
龍弥に。
自分自身に。
――なのに……どうして……。
「俺は好きだったよ」
沙葉良は膝が崩れそうになるのを必死で耐えた。それでも作り笑いを続けることはどうしても出来なかった。
声が上ずる。耳鳴りがする。ここから早く逃げ去りたいのに身体が動かない。
動こうとしない――。
――今、龍弥は、なんて、言った……?
目の前にいる龍弥は幻なのかもしれない。
自分は都合のいい夢を、いや、悪夢を見ているのかもしれない――。
――早く、早く、斗貴央に電話しなきゃ……。
放課後は毎日のように今日はどんな話を二人でしようかと、待ち合わせ場所に向かう間いつも沙葉良は心を弾ませている筈なのに。
今は恋人を思う大切な時間の筈なのに――。
目の前にあるその強い瞳を持つ男から少しも目を逸らすことが出来ない。
それ以上は絶対に聞いてはいけない――。
だめ、ダメ、駄目! と心の中で何度も理性が必死に叫んでいる。
「外見も、どんなに傷付けても俺の前で泣かない強さも――どんな奴よりかわいくて――。なのに……、どうして女じゃねえんだろうって……。俺は何でお前をこんなにも無茶苦茶に傷付けているんだろうって――」
「りゅ……もう……」
「アイツはなんでこんな簡単にお前を受け入れるんだろうって――」
「龍弥、もう黙ってよ……」
「どこかで余裕こいてた……。それでもお前は俺を選ぶって――」
沙葉良は唇が震えて歯がガチガチと当たるのを必死に抑えようとしたが、身体はもうどこも自分の言う事を聞かなかった。どうにか唇を噛んで身体の奥から湧き上がる恐ろしい感情に蓋をして耐えた。
「俺はクズでクソな男だ……だけど――」
今、瞳を閉じたら堪えていた涙が溢れてしまうだろう――。
それでも沙葉良はそれを抑えずにはもういられなかった――。
どこか耳の遠くで携帯が鳴っているのがわかったけれど、今は割れんばかりに打つ心臓の音のがずっと大きくて、それ以外は呆気なく掻き消された――。
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