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なやめる裏切り者
瞼を開くとそこは布団の中だった。
ボヤけた視界が映す場所は見慣れない壁の色をしていた。
ぼんやりする頭を抑えて寝返りを打とうとし、自分の背の真後ろに眠る男が見え、紗葉良は心臓が飛び出すかと思った。
「龍……弥……」
恐る恐るその男の名を口にする。
気怠い身体を少し起こし、自分が犯した過ちの大きさを思い知り、後悔ばかりが頭を巡る。
すぐに自分が今日行わなかった習慣に気付き、ベッドの下に投げられたカバンを探り携帯画面を確認した。
画面には何件かの着信履歴と未読になったままのメッセージが並んでおり、もちろん全て同じ相手、自分の恋人である斗貴央からだった。
斗貴央のことだからきっと連絡がつかない自分を案じているはずだと、慌てて自分が脱ぎ散らかした服を拾い集める。
ここにいてはいけない。早く自分の場所に帰らなくてはと焦りだけが先走り、シャツのボタンがうまく留まらない。
「電話――すげー鳴ってた」
不意にかけられた声に紗葉良は大きく肩を揺らした。
「あいつが……怒鳴ってるみたいだった……」
枕に顔をうずめながら龍弥は薄っすらと目を開き静かに告げた。
「……俺、帰るね」
「いいのか、シャワー。あいつと会うなら使った方が良い」
冷静な龍弥の勧めに紗葉良は思わず動きを止めるが、思い直したように急いで衣服を身につけた。
「――今日は、家に真っ直ぐ帰るから平気……」
「……そう」
「じゃ、じゃあね!」
龍弥の返事など待たずに紗葉良は部屋のドアを後ろ手に閉め、玄関に急いだ。ドアが閉まり完全に紗葉良の気配を失った龍弥は、しばらくぼんやりと何に焦点を合わせるわけでもなく一点を見つめていた。
ふと視界の隅に見慣れない物が目に入り、身体を起こす。
「ペンギン……?」
龍弥の部屋には似合わない可愛げのあるキーホルダーが持ち主をなくして床にポツリと転がっていた。
慣れたはずの家の鍵すらなかなか上手く開けられずに、ようやく戻った自宅の玄関で紗葉良は力尽きたように座り込んだ。
「俺……最低だ……」
――斗貴央、ごめんなさい……。
ようやく携帯に待ち人からの連絡が入り、斗貴央は画面に齧り付くように文字を追う。
《ごめんね! 頭痛くてずっと寝てた。
また明日でも大丈夫? (>_<)》
「――なんだ、寝てたのか……」
紗葉良の携帯はすぐに恋人からの返信を知らせた。
《風邪じゃないといいね。お大事に!
また明日ね☆(*^◯^*)ノ》
本当はずっと自分から返事がないことにやきもきしていた筈だろうに、斗貴央はそんなそぶりを一つも見せずに、相手を思い遣るその文面は優しいものだった。
その優しさが今の紗葉良にはひどく刺さるように応えた。
風呂から上がり自室に戻った紗葉良は足元に置いた自分のカバンがいつもと違う様子なことに気付いた。
「ペンギン……っ!」
恋人と初めてお揃いにした記念のキーホルダーが消えていた。部屋を見回しても玄関まで戻ってもドアを開けて見回してもどこにもそれらしきものは見当たらなかった。
「落とした……? ウソ……」
バチが当たったんだと顔から血の気が引くのを感じ、紗葉良は玄関口に腰掛けぐったりと項垂れた。
余りにも自分が情けなくて次第に涙が滲む。
――ずっと憧れていた……。
長い間追いかけていたあの男の、キスの感触も……肌の温度も……、奥に秘めたその熱さも――。
抱き締めた肌の、首筋の匂いや温度がふっと身体に蘇り、紗葉良は搔き消すみたいに頭を横に何度も降る。
「ごめんなさい――、斗貴央……。ごめんなさい……」
酷い罪悪感に苛まれながら紗葉良は何度も、聞こえるはずもない恋人へ向けて許しを乞い続けた――。
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