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こいしい裏切り者

 翌朝、玄関を開けた紗葉良は目を大きく見開いた。 「斗貴央……」 「は、はよっ」  斗貴央はチャイムを鳴らすのを躊躇ったのか、門の前でぼんやりと立ち尽くしていた。慌てて紗葉良は駆け寄る。 「電話くれたら良かったのに……ずっとここで待ってたの?」 「ううん、何分か前? に来た。なんか、その、早く顔見たくて……。一人の時、病院するのってしんどいし、心細いだろ……?」  斗貴央は少し赤くなった顔を誤魔化すみたいに俯いた。 「――ありがとう」  紗葉良はそう言って優しい恋人の手を取って握りしめた。  いつもいつも斗貴央は優しくて、優しくて。その真っ直ぐさに罪悪感を覚えることもあるけれど、今は純粋に自分を心配してくれる唯一の存在に心の中が温かくなる。 「あれ? 紗葉良、ペンギンは?」  鞄の違和感に気付いた斗貴央の言葉で紗葉良の身体が一瞬にして凍るように寒くなり、紗葉良は握り締めていた手を思わず離してしまう。 「あの……、俺、またやっちゃって、ごめんね。失くしたみたい……」 「……そっか」と小さく呟いた斗貴央の顔はあからさまに寂しげで落胆していた。 「もう失くさないから! 次は絶対! だから何かお揃いのもの作ろう?」  紗葉良は斗貴央の目に穴が開くのではないかと思うほど必死に、真っ直ぐ大きな瞳で見つめ続け懇願する。  根負けしたように斗貴央は笑ってため息をついた。 「ヨシ。じゃあ指切りげんまん!」 「うん!」 ――嘘ツイタラ針千本飲マス……。  紗葉良は指切りした方の手をもう片方の手で強く握り締めてもう一度自身で心にそれを誓った。  神様は意地悪で、いや、悪いことをしたから罰なのか。会いたくない時こそ会わせようとする――。  紗葉良は少し前を歩く見慣れた男女の後ろ姿に苦い表情を浮かべた。  想いが届いてしまったのか、女が後ろを振り向き、むすっとした顔の夏奈と目が合った。 「おはよう」  社交辞令のように紗葉良は小さく笑みを浮かべて挨拶してみせた。もちろん夏奈からの返事はない。  何もない顔をして通り過ぎようとする紗葉良を今度は龍弥が呼び止めた。今日はその声がやけに強く、鋭く耳に刺さって思わず紗葉良は胸を抑える。  気持ちを落ち着かせながら振り向くと手元に何かを投げられ反射的に受け取る。 「ペンギン……!」  良かった、あった――。と心から紗葉良は安堵した。 「そのキーホルダーお前のだろ? 落ちてたぞ」 ――どこに。と敢えて言わない龍弥を夏奈はチラリと横目で見る。 「うん、ありがとう……。龍弥、今日制服なんだね、久しぶりに見た。そうしてるとまるで高校生みたいだよ」 「ああっ?!」 「嘘嘘、怖ッ」  冗談ぽく握り拳を振り上げた龍弥を笑って見送り、紗葉良はさっさと走ってその場からいなくなってしまった。 「ちょ……、何アレ、あいつ……」 「――別に……、お前に会う前まではこれがフツーだったよ」 「……龍弥?」  紗葉良の前では少し柔らかく笑いかけていたはずの龍弥の顔からは一切の感情が消えていて、それは確かにいつもの龍弥の姿ではあったが、夏奈は全く腑に落ちず唇を噛んだ。

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