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あいする裏切り者

「あれっ? ペンギン見つかったの?」 「うん、ベッドの下に落ちてた。無事だったよ。でも付け根が取れちゃって……失くさないように鞄の内側のポケットに入れた」  ホッとしたように斗貴央は笑みを浮かべながら紗葉良をじっと見つめた。 「……なに?」 「……えっと、これ……。ペンギンの代わりにって思って」  そう言って斗貴央は鞄の中から手の中に収まるほどの小さなラッピング袋を出した。素直に紗葉良は開かれる袋をじっと見つめる。  コロンと袋から紗葉良の手のひらに落ちて来たのは二つのシンプルなシルバーリングだった。想定していなかった紗葉良は思わず目を丸くした。 「なんか、こーいうの、一度やってみてぇって、柄にもなく思っちゃってさ」  照れ隠しをするようにへへへと、斗貴央は笑った。  その笑顔が紗葉良にはたまらなく愛しく思えて思わず頰にキスすると、斗貴央はますます照れてしまった。 「……嬉しい。大事にする、絶対」 「……うん」  お互いに指輪を付けあってその手を並べ、二人は照れくさそうに笑い合う。  今度は斗貴央からゆっくりと口付けた――。 「――斗貴央!!」  呼ばれてこちらを見る斗貴央の巻いたマフラーから覗く鼻頭はすっかり赤くなっていた。 「ごめんねっ!! 遅れて!! 電車雪で動かなくてっ、ごめんね?? 寒かったよね??」  紗葉良は斗貴央のポケットにしまわれた冷たい手を必死に温まるように両手に挟んでさする。しっとりとした紗葉良の細い指が温かくて気持ちが良かった。    クリスマスを明日に控えた駅ビル内のショッピングモールは土曜ともあり、買い物客で賑わいを見せていた。  改札から出てくる人々のほとんどはモール内へと吸い込まれていく。二人もその流れに沿って歩き出した。 「紗葉良、髪の毛くりくりになってる。かわいいね」  斗貴央はニコニコしながら、歩くたびにパーマがふわふわ揺れる恋人を眺め、いつも通り思ったままストレートに褒める。 「ありがと」と紗葉良は頭を傾けポンと恋人の肩に当てた。 「ねぇねぇ紗葉良、遅刻のお詫びにサンタコスしてくれる? ミニスカのやつ」 「ああ?! SMごっこしたいのか??」 「……ゴメンナサイ」  紗葉良とは思えないほどの低音で睨まれ、斗貴央は気温的な寒さも忘れ真顔になった。    しばらく二人はぶらぶらとウインドウショッピングを楽しみ、夜は値段が高くて手が出せない、普段入ることもない店のランチを今日は特別にと、少しそわそわしながら味わう。斗貴央には少しお上品な量だったのか、パンのお代わりを何度もしていた。  夕方前には予約したケーキを引き取りに行って二人で紗葉良の家に帰った。  暖かいコーヒーを運んで来た紗葉良に斗貴央はクリスマスプレゼントだと言って派手な包みを渡した。 「なんだろ〜」と楽しげに紗葉良がラッピングを丁寧に開くが、その顔は一気に鬼の形相へと変化した。 「……“セクシーサンタコスプレセット”……って馬鹿っ!!」  斗貴央の顔にセットの入った袋がベシリ! と大きな音を立てて命中する。 「イッテー、もう〜、冗談も通じねーのかよぉ……」 「買ってる時点でアウトだから! 冗談として最早成立してないからね!!」  痛む鼻を撫でながら気を取り直して斗貴央は本命の包みを渡す。  中からはクリームがかった白のローゲージニットが出て来た。紗葉良の好きそうなオーバーサイズの柔らかい印象のデザインだ。 「ありがとうございます」と、今度は満足そうな笑顔を添えてきちんとお礼を述べる。  紗葉良から斗貴央へはネックレスだ。華奢な細さのシルバーチェーンで筋肉質体型の斗貴央が着けても品が良く、柄の悪いいやらしさのないデザインだった。 「俺、家族以外とクリスマス過ごすの初めて」  ケーキを切り分けながら紗葉良がくすぐったそうに微笑む。 「俺も。恋人は初めてっ!」 「あ、ちょっと、危ないってば包丁持ってんだからっ今は抱きつかないで!」  紗葉良がこの家で一人ぼっちになってからクリスマスもお正月もどんなイベントも存在しなかった。それが月曜ならただのいつもの月曜日で、それが祝日ならそれもただの休日だった。紗葉良にとっては何も特別になるわけじゃなかった。  龍弥はその時付き合っている彼女と特別は過ごして、自分には当然、何の時間も貰えなかった。  今、目の前で楽しげに笑う斗貴央が紗葉良には愛しかった。約束してから喧嘩も辞めた。斗貴央に似て優しい友達たちは会えば自分のことも普通に扱ってくれる。   「ねぇ、紗葉良」 「うん、なに?」 「来年は紗葉良の好きなケーキにしよ」  真っ直ぐ、でも少し恥ずかしそうに斗貴央は告げた。 「…………うん」  紗葉良は眩しそうに目を細めながら頷く。  齧ったイチゴが少し酸っぱくて、目のまわりがジンジンした。

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