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第53話
「よ」
ヤベェ。どうしよう。
でも引き返すのも不自然だし。
せめて努めて明るく振る舞おうと、へらっと笑って手を振る。彼はふっと視線を外した。
フリスクをそのままレジに持って行くと、目線も合わせないでバーコードを読み取った。
「256円です」
俺の方を一切見ず、淡々と小銭を預かる。俺も俺で、憧れの彼を目の前に、ちょっと緊張してる。
「なぁ、あのさ」
彼はやっぱり俺の方を見ない。
このまま何もなかったみたいにハイサヨナラをするわけにはいかない。
釣り銭をレシートごと手のひらに乗せようとしたところを見計らい、そのまま手を掴んだ。
「っ」
やっと俺の顔を見た。
「あの、さ」
その目をじっと見つめた。心臓はバカみたいに跳ね上がってる。顔が熱い。
「…………何」
しゃべった!
それだけでも天にも昇る心地だったけど、努めて冷静に振る舞おうと自分に言い聞かせる。
「この間は、どうも」
「…………はぁ」
少し間が空いてから軽く頷く。
心当たりがあるようなないような、みたいな顔をして。
「覚えてる? 俺にキスしたの」
だから、あえてハッキリ尋ねてみた。目をまん丸くして、無理矢理掴まれた手を引き抜く。
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