63 / 126
第63話
「何が聞こえてもここにいて。たぶん誰も来ないと思うけど、誰か来たら適当にごまかしといて。この部屋に入れないようにして」
「は? なにそれ?」
一体ここで何をしようとしてるんだ?
「俺が入ってって言ったら、入ってきて」
視線だけで、あとは頼んだみたいなメッセージを感じる。
「ちょっと!」
小さく叫んだけど、華麗に無視された。彼は短く息を吐いて、ドアをノックした。
「失礼します」
少し緊張した声。緊迫した空気だけはこっちにも伝わってきて、俺は口を両手で塞いで、息すら聞こえないようにしてその場にしゃがみ込んだ。
なんかまずい現場に放りこまれたんじゃないだろうか。
厄介なことに首突っ込まされたかも、と思った。
全然状況が読めなくて混乱しているのに、彼はなんだか緊張感丸出しって感じで、見て見ぬふりも出来ないし。
とにかく、彼が入ってって言うまではここで待機しているしかない。
話し声が聞こえる。彼の声ともう一人、誰かの声。男みたいだけど。
(誰……)
思った瞬間に、ふと頭の中の回線がつながった。講師室という単語。男。
―書道学科の外部講師らしいよ。
―出版業界からも目をつけられてるんだと。だから超親しげ。
メッセージアプリで見た文が、画面そのままに思い出される。
同時に、先生と短く叫んだ彼の声、あの時の外の景色、匂い、温度まで一気に思い出した。
ともだちにシェアしよう!