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第63話

「何が聞こえてもここにいて。たぶん誰も来ないと思うけど、誰か来たら適当にごまかしといて。この部屋に入れないようにして」 「は? なにそれ?」 一体ここで何をしようとしてるんだ? 「俺が入ってって言ったら、入ってきて」 視線だけで、あとは頼んだみたいなメッセージを感じる。 「ちょっと!」 小さく叫んだけど、華麗に無視された。彼は短く息を吐いて、ドアをノックした。 「失礼します」 少し緊張した声。緊迫した空気だけはこっちにも伝わってきて、俺は口を両手で塞いで、息すら聞こえないようにしてその場にしゃがみ込んだ。 なんかまずい現場に放りこまれたんじゃないだろうか。 厄介なことに首突っ込まされたかも、と思った。 全然状況が読めなくて混乱しているのに、彼はなんだか緊張感丸出しって感じで、見て見ぬふりも出来ないし。 とにかく、彼が入ってって言うまではここで待機しているしかない。 話し声が聞こえる。彼の声ともう一人、誰かの声。男みたいだけど。 (誰……) 思った瞬間に、ふと頭の中の回線がつながった。講師室という単語。男。 ―書道学科の外部講師らしいよ。 ―出版業界からも目をつけられてるんだと。だから超親しげ。 メッセージアプリで見た文が、画面そのままに思い出される。 同時に、先生と短く叫んだ彼の声、あの時の外の景色、匂い、温度まで一気に思い出した。

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