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第71話

「……すいません。そういうわけなんで」 でもそのほっそい体は抱きしめ続けたまま。真剣に見つめ返すと、先生は額に手を当てて深くため息をついた。 「……わかった。手を引こう」 腕の中の彼が息を飲んだのを感じる。 「これからは、一人の書道家と一人の編集者として対峙できるように、気持ちを切り替えるよ」 「本当、ですか?」 抱きしめられたまま、びっくりした調子だった。 「このままではいけないと気がついてはいた。どこかでセーブをかけなくてはいけないと思ってもいた。君のように若くて有能な才能に、この年にもなって焦がれた私がどうかしていたんだ」 「……先生」 「幸せになりなさい」 「……」 少しの沈黙の後、先生は俺たちに背中を向けたまま「行きなさい」と言った。あの気迫はどこにったのか、なんだか一気に小さな普通のおじさんの背中になったように見えた。 彼は俺の腕から逃れると、その背中に深々と頭を下げ、腕をつかんで部屋を出た。 部屋を出るとすぐに腕を解放されたものの、俺たちはしばらく何も話すことなく、そのまま学舎を出た。あのとき痴話喧嘩していた場所に通りかかって、やっと彼が立ち止まる。

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