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第91話
「恥ずかしい、から」
しまいに本当に小さい声で言うもんだから、余計に愛しさが増した。そして俺も恥ずかしくなった。
「あ、うん、だよね、恥ずかしいよ、ね」
しどろもどろになっちゃう。慌ててまた手をポケットにしまう。行き場を失った手はまたポケットの中で適当に握りしめた。服装に色気はないかもしれないけど、初々しさは我ながらそこら辺のカップルに負けてないと思うな。
そこからちょっとムズ痒い沈黙が続く。ちょっと調子乗って手つなごうとしちゃったからアレだけど、彼もそれほど露骨に嫌って感じじゃなくてよかった。
「寒いな」
「あぁ、そうだね、寒いね」
道中、ほかの会話はそのくらい。駅から文化会館までの間は、飲み屋街と田んぼ、町工場くらいしかない本当に地味な二車線の一本道なんだけど、せめて彼を守ろうと、その歩道を隣に寄り添って歩いた。
会場に着くとそこそこの人の入りで、わりと平均年齢も高め。完璧に場違いに感じながら、彼は関係者入り口に署名をして、俺に手招きした。
「連れだって言ったから」
「あ、うん、ありがと」
俺の戸惑いももとろもしない。さっき手をつなぐかつながないかで戸惑ってたのが形勢逆転した感じ。
彼が入った途端、会場がざわついた。
「ああ、先生! ようこそいらっしゃいました」
おじいさんが声をかけてきた。彼が軽く頭を下げる。
おじいさんに先生とか言われてる時点でこいつの凄さを感じるけど、腕章をつけてカメラを担いだ人が、おじいさんと彼を写真に収め始めたのには本気で驚いた。
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