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翌朝、大智は夏樹とケンタの日課である散歩に付いていった。 普段は行かないが、昨晩の行為で声を枯らせた夏樹を一人で行かせるのは気が引けたからだ。 夏の朝の、青い匂いがする。 リードに繋がれたアヒルのケンタと、 それに付き従う様に歩く夏樹、 その後ろを、他人と認識されるであろう絶妙な距離を保ちながら歩く大智。 ラジオ体操に向かう小学生男子達が、慣れた様子で声をかけてくる。 「あ!アヒルおじさん!」 「アヒルおじさん、おはよう!」 「おはよう。おじさんじゃなくてお兄さんって言えよなー」 「アヒルおじさん、何歳?」 「二十歳だ」 「二十代はもうおっさんだしー!」 「それに“アヒルお兄さん"だと言いにくいよぉ」 「アヒルお・じ・さん!またねー」 「おお、気を付けて行けよー」 「はーい!」 次にすれ違った中学生くらいの女の子も、 ごみ捨てに出ていた男性も、 徘徊していたおばあちゃんも、 みんな みんな 笑顔で夏樹を『アヒルおじさん』と呼んだ。 「随分なあだ名が定着していますね?」 夏樹との距離を詰めて大智が言った。 「あの小学生男子どもが、朝っぱらからでっかい声で連呼するもんだから、 ここら辺の人はみーんなそうやって呼ぶようになっちゃったんだよ。 全く、迷惑な話だ」 そう言いつつも、夏樹の顔はどこか嬉しそうだった。 アヒルのケンタは相変わらず、 足をぺたぺた お尻をふりふり そこに居るだけで、周りに笑顔を作り出す。 愛されるために創られた生き物だ。 大智は、 笑顔の化身のような、このアヒルを前にして笑顔になれない自分が世間から外れてしまっているようで、なんだか寂しかった。

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