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07
夕方、大智はケンタと共に、バイトに行った夏樹の帰りを待っていた。
「ケンタ、先輩遅いな」
「……」
「無視かよ」
「……」
その時、玄関のチャイムが鳴り大智が立ち上がる。
夏樹が戻ったのかと思ったが、彼は合鍵で入ってくるはずだ。
ドアの向こうには二十歳くらいに見える、知らない女性が立っていた。
流行に敏感そうな、今時の可愛らしい女性だ。
「え……どちら様?」
「あ、あの、アヒルを知りませんか?」
「あ、もしかして飼い主さん!?
よかった、引き取りに来てくれたんですね!」
「え、ええ……」
ああよかった、これで厄介者がいなくなる。
喜び勇んでケンタを抱き上げ、女性に手渡した時に違和感を感じた。
……この人、全然嬉しそうじゃないな。
そういえば、この人の名前も住所も知らない。
警察から連絡は無いし、先輩からも何も聞いていない。
それに、この人がアヒルに向ける視線には見覚えがあった。
再会に感動する飼い主の目ではない。
これは、嫉妬の目だ。
「あなた、本当に飼い主ですか?」
大智の問い掛けに女性がビクリと肩を震わせたその時、丁度夏樹が帰ってきた。
「あれー?清水、どうしたー?」
夏樹の能天気な声に反応して、清水と呼ばれた女性が般若のように顔を歪ませた。
「先輩、知り合いですか?」
「ああ、高校の時のな。同棲中の彼氏に追い出されて困ってたから泊めてたんだ。そしたらよぉ、“アヒルが邪魔だから追い出して!"って言われちゃって……しょうがないから俺も出てきちゃったってわけ。アハハ!」
「……っ……笑ってんじゃないわよっ!突然アヒルと出ていって、私……私、待ってたのに……!」
「ここにいるって、住所も教えておいただろ?お前は彼氏と仲直りするまで俺の家に居ればいいじゃん。あ、それとも仲直りできたからカギ返しに来てくれたの?」
「はぁっ?夏樹アンタ何も分かってないっ!そのアヒルが居なくなればアンタが帰ってきてくれると思ったのよ……っ!」
わめき散らす清水に対し、夏樹はヘラヘラと適当に謝罪している。
何が悪いのか全く分かっていない様子だ。
大智はその男女のいさかいを、どこか別の次元に居るように遠く感じていた。
彼女の言い分はめちゃくちゃだ。
夏樹の好意に漬け込み、自宅に転がり込んだ上に身勝手な事を言う。
でも、大智には
彼女の言い分は理解し難いが
“感情"は理解できた。
きっと、彼女は先輩が好きなんだ。
いくら困っていたって、若い女が男の家に泊まるなんて普通はしない。
彼女は期待したはずだ。
“家に上げてくれたのだから、彼も私を好きかもしれない" と。
なのに先輩は彼女に手を出すこともせず、アヒルばかりを構う。
俺と同じようにイライラして、
イライラしてしまう自分自身に落胆して……。
曖昧な関係に不安になって、
そして思わず言ってしまったんだ。
“ アヒルが邪魔だから追い出して!"
本当に追い出したかった訳じゃない。
アヒルよりも自分を優先して欲しかっただけだ。
今だって、先輩に食って掛かる彼女の本心が聞こえてくるようだ。
こんなこと言いたい訳じゃない!
私に好きだって言ってよ!
一緒に帰ろうって言って!
謝れない愚かな私の代わりに謝って!
違う、違う、そうじゃないの……。
傷付けたい訳でも、困らせたい訳でもないの。
私を求めて。
求めてよ……。
「あなた、先輩が好きなんですね……」
思わず大智の口から零れた言葉。
その小さな声を聞き取った清水は、みるみる顔を赤くする。
「え?うそー?清水、そうなん?でも俺、この大智と付き合ってるから、お前とは付き合えねぇよ?」
夏樹は清水の様子にはお構い無しで、あっけらかんと言い放つ。
「はぁ!?嘘でしょ?」
「ホントだって」
「アンタ、ゲイだったの?高校の時は彼女居たじゃない!」
「それは昔の事だろ?今は大智が好きなんだよ」
何か言い返したいのに言葉が出ない。
そんな様子の清水は口を震わせて二人の顔を交互に見た後、キッと夏樹を睨み思いっきり頬を張った。
肉を打つ鋭い音が響く。
「……私……バカみたい……っ」
そう言って清水は夏樹に借りていたカギを投げつけ駆けていった。
「グワーーッ!!」
清水の腕の中から落とされたケンタは、驚いてバタバタと羽ばたき、あっという間に外に出てしまった。
「あ!待てっ!」「ケンタ!」
大智と夏樹は手を伸ばすが届かず、ケンタは外階段を転がり落ち、闇の中へと姿を消した。
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