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大学に入学したばかりの頃、大智は人と会話をする事が苦手で親しい友人を作ることも出来ず、食堂で途方に暮れていた。
テーブルにはそれぞれグループが出来ていて、とても入り込める空気ではない。
「ねぇ、一人?俺も一人なんだけどさ、一緒にメシ食わない?」
そう声をかけてくれたのが、夏樹だった。
“俺も一人なんだけどさ"
なんて言っていたが、あれは恐らく嘘だ。
二人で空いているテーブルに向かう途中、多くの人が夏樹に声をかけた。
「よぉ夏樹、おつかれー」
「おいナツ、ノート返せよ」
「あ、夏樹くん、週末空いてる?」
「なっちゃん、漫画サンキュー」
夏樹はどのテーブルにでも入ることができたはずなのに、一人ぼっちの大智を拾ってくれた。
それは夏樹にとって、迷子の犬猫を拾うのと同じ感覚なのだろう。
でも、確かにその日、大智は夏樹の優しさに救われたのだ。
「お前ラーメン?俺、唐揚げ定食にしたー!ここの唐揚げ旨いから、一個やるよ、ほれ。俺、3年の坂本夏樹な。名前なんていうの?」
「い、一年の、む、村上、大智、です……」
「……テンパりすぎじゃね?んな緊張すんなよ。とりあえず食べようぜ。いただきまーす!
あ、サークル入ってる?俺、アウトドアサークルなんだけど、一緒にどう?釣りしたり、キャンプしたり、海とかハイキングとか、すげぇ楽しいぜ!」
「い、いや、俺……暗いし、そ、そんなサークル馴染めません……」
「大丈夫だって。村上、背ぇ高いし力も強そうだから重宝されるよ。それに、メシを旨そうに食うやつは愛されるから安心しろ」
まるで夏の太陽のような人だと思った。
こちらの都合も考えずキラキラ眩しくて迷惑なのに、焦がれてしまいそうになる。
夏樹に誘われて入ったサークルは、明るく陽気な人間の集まりで楽しかった。
夏樹のお陰で、大智の大学生活は充実したものになった。
大智は、
人に好感を持たれる身なりや話し方も、
人との距離を詰める共感の仕方も、
人を笑わせる冗談の言い方も、
人を喜ばせる思考や行動も、
全部全部、サークル内で一番輝く夏樹を通して教わった。
夏樹のお陰で、大智は人と関わることの楽しさを知った。
夏の始まりのある夜、
サークルの活動で天体観測をしていたとき、暗闇の中、大智はベンチに座る夏樹の横にそっと腰を下ろした。
「先輩、俺、乱視が酷くて大三角すらよくわかりません」
指差して教えてください、と言って距離を詰める。
「村上、目ぇ悪いの?しょうがないなぁ……っ……?」
ベンチに置いた手と手の先端が僅かに触れ合う。
夏樹は手を引かない。
「ところで先輩、藤沢先輩や小柳先輩と仲良いのに、下の名前で呼ばないんですね。他の皆の事も苗字で呼ぶし……」
「……ああ、俺の拘りでさ、名前を呼ぶのは恋人だけって決めてんの。特別って感じがして良いだろ?」
大智は己の手を夏樹の手の上に重ねる。
それでも夏樹は手を引かない。
「ふーん、特別、ですか……」
「…………っ……」
指と指を絡ませて、恋人繋ぎにする。
夏樹はかなり狼狽えてはいるが、
手は、引かない。
「先輩」
「…………なん、だよ」
「俺の事、“大智"って、呼びませんか?」
「…………」
「…………」
先に沈黙に耐えきれなくなったのは夏樹だった。
ふはっ、と笑って可笑しそうに大智を見る。
「アハハ!あんなにテンパってた男が、いつの間にそんな告白が出来るようになっちゃったの?」
「先輩ばっかり見てたら、こんなんになっちゃいました」
「あっそ!……ま、よろしく頼むわ…………大智……」
夏樹は繋いだままの大智の手を握り返した。
お互いに精一杯格好をつけていたが、繋いだ手は二人の汗で、恥ずかしくなるほどしっとりと濡れていた。
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