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第5話

「暑いのに何してんだよ」 「暑いからと言ってほったらかしに出来ませんから」 「ふーん。庭の手入れなら庭師がいるだろ?」 「今はちょうど夏季休暇で誰も手入れする人はいません。休暇届に判を押したのは梨人様ですよ、忘れたんですか?」 「そうだっけか。それよりお前はいいのかよ」 「え?」 「休み」 「私は休暇などいりません。それに……」 「なんだよ」 「いえ、それに私も草花が好きなので、こうして手入れをするのは楽しいです。だから、庭師に代わって草むしりや水撒き出来るのは嬉しい」 神楽坂が庭で水撒きしているのを見たのは早朝、俺が明け方あの館から帰ってきた少し後。 それから夕方再び庭を眺めるとまた神楽坂が水撒きをしていて、何となく気になってここに足を運んでしまった。 夕方とはいえ暑そうに額から汗を流しそれでも楽しいと言いながら水撒きをする。 そんな神楽坂の姿に、俺もいつもなら興味がない花について色々と聞いてみたくなった。 「なぁ、今水撒いてたこれってなんだ?これだけ鉢に入ってるんだな」 「これはゲッカビジンです。知ってますか?」 「名前は知ってる。けど、見たのは初めてだな」 「ご自分のお屋敷の庭なのに見たのは初めてなんですか?」 興味がないからわざわざ庭に目を向けた事なんてなかった。 今日はたまたま、こいつが居たから……だから。 「ない」 「じゃあ、ゲッカビジンが夜にだけ咲く事も……」 「え、夜しか咲かないのかよ」 「そうです、夏の夜に一度だけ」 そんな花があるなんて、驚きと同時に一気に興味が沸いた俺はそのゲッカビジンについて神楽坂から色々話を聞いた。 ゲッカビジンは、普通の花に比べると世話が難しいらしく、咲かせるには根気と愛情が必要で、上手くいけば一度だけではなく、二度、三度と花が咲くのだとか。 逆に世話の仕方次第では、何年も咲かない時もあるらしい。 「なんだか、まるで梨人様みたいですね」 「は?なんだよそれ」 「お世話するのが難しい……」 「煩い!」 花を囲んでこうしてたわいない話をしている時間は荒んだ俺の心を少しだけ穏やかにしてくれ、それがずっと続けばいいのに……と、さえ思ってしまう。 「梨人様、ここ見てください。蕾がほころんで来てるの分かります?」 「え?どこ」 「ここです、この下の所」 神楽坂が指差す方に屈んで近づくと、同じように神楽坂も隣で距離を縮め二人の距離も近くなる。 「見えましたか?」 「あ、ああ……」 そこには緑と白色の蕾がひとつ……それと、触れられるくらい近い神楽坂の横顔が存在していた。 「もう少ししたらもっとほころんで開花しそうです」 「あとどのくらい?」 「そうですね、この感じだと一週間以内には……」 なかなか見られない花なら見たいと思い、咲く時は教えろと神楽坂に告げると、何故か嬉しそうに頷かれ、一緒に見ましょうと約束させられた。 それから以前よりも花に興味を持った俺は、庭を眺める事が多くなって、気が向けば神楽坂と一緒に水撒きをしたりした。 * ある日、自室のデスクで仕事の書類に目を通している時、使用人達の休暇届書と一緒に履歴書が目に入った。 そこの一番上にあった1枚を手に取り改めて見る。 神楽坂って……下の名前なんて言うんだ? 神楽坂……連……れん、 年は28歳……俺の一個下か。 そのまま視線を下に流す。 すると“緊急連絡先”は空欄で身内は“無し”に丸がついていた。 そういえば、両親は既に他界してるって言ってたな。 だからあの時、休みはいらないと言ったのか……

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