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第8話
「……キス」
「え?」
「シキ、キスしてくれ」
「あぁ。言われなくてもするけど……今日どうしたんだよ」
あの感触を忘れないうちにシキに会いたかった。
会ってキスをして確かめたかった。
勘違いであって欲しいと思う自分と、そうじゃない自分。
二つの感情が行ったり来たりする。
そんな俺にシキがいつも通りのキスを続け、
「んんッ……」
「……ッ……リヒト……」
ゆっくりと激しく熱い独特な舌使いを味わう度に……
あの舌使いを思い出す度に……
それは────
「痛ッ……」
そしてキスの合間、無意識にシーツを掴む指先に力を込めてしまい、棘が刺さった指先がピリッと痛み、顔が歪んだ。
「……指、痛むのか?」
「いや、大丈夫……ッ」
え……
今……
「お前……」
反射的に気付いたら俺はシキのマスクに手を伸ばしていた。
だけど指先がマスクに触れる寸前、もう少しという所で腕を取られ阻止される。
「……やめろ」
俺の腕をシーツに縫い付けるように抑え付け、低く響いたその声は微かに震えて聞こえた。
そしてすぐに再び口を塞がれると、無言のまま激しくキスを繰り返され、息継ぎもままならないくらいの酸欠状態の意識の中、パズルが合わさる様に頭の中で全てが繋がっていった……
*
素顔を確かめる事が出来ないまま、シキは俺とのキスの後すぐに部屋を出て行ってしまい、暫く呆然としていた俺も同じように館を後にした。
複雑な思いを抱いたまま屋敷に戻ると庭に人の気配を感じ、それに吸い寄せられるように近付くと、そこには嗅いだことのないどこか上品で甘い香りが漂っていた。
「咲きましたよ、ゲッカビジン」
男が佇む前に咲く、白い一輪の花。
暗闇でも浮き上がるほどの白は幻想的で美しく、近付くと一層強く甘く香る。
「そうだな……これがゲッカビジンか」
「咲く時は一緒に見ると約束しましたからね」
「あぁ……」
「でも、朝には萎んでしまうんです」
そう言って銀色の懐中時計で時間を確認し、それをポケットに仕舞うと、その男は俺の目の前でゆっくりとマスクを外し素顔を晒した。
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