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湯屋で身を清めると、外はすっかり夜の帳が下りていた。街灯や店の宝石のような光が道々を照らし出す中を、二人で肩を並べて歩いていく。
ある一定の場所を曲がると、木造の建物が建ち並ぶ住宅街を通り抜ける。
「何処に行くのですか?」
終始無言のまま歩みを進めていたせいなのか、天宮くんが声に不安を滲ませる。
「もう少しだから辛抱したまえ」
そう言ってどんどんと暗く、住宅街からも離れた木々の立ち並ぶ林の中に歩みを進める。
頼りとなるのは月明かりだけだ。足元もおぼつかない中、何とか河原に辿り着く。
ダイヤモンドを散らしたようにチカチカと光る水面。涼やかな水の香。頬を濡らしそうな湿った風。フワリと目の前を過っていく、翡翠色の小さな粒。
「綺麗だろう? ちょっとした穴場なのだよ」
宙を舞う蛍と幻想的な川面の写しに、天宮くんは艶やかな唇を薄く開き呆気にとられた顔でその光景をひたと見つめていた。
「僕はね、これと言って浪漫主義でも耽美主義でもなかったのだよ。でも、君と出会ってからというも、こういったのも悪くないと思い始めてきたのさ」
「……坂間さん」
「いいかい、天宮くん。僕はね、どうしたって君を手放したくはないのだよ」
天宮くんと向き合うと、微かな光に照らされた美しい頬に手をやる。
微かに体を強張らせた天宮くんに「嫌かい?」と問うと、首を微かに振り「……そんな事は」とポツリと零す。
「ただ……僕は内心、驚いているのです」
「何故だい?」
「僕のこと……玩具ぐらいにしか思っていないのかと……」
天宮くんの声がどんどん小さくなり心許ない。確かに天宮くんの言う事はあながち間違いではない。だからと言って、そうだと言うのがどれほどに愚かな事なのかぐらい、僕にだって分かっている。
「そんな事ないよ。天宮くん。確かにね、最初こそは君をあの屋根裏部屋から見たとき、君との遊戯で頭がいっぱいになった。だけどこうして君と過ごすうちに、僕の心持は変わってきたのさ」
僕は天宮くん腰に腕を回し、体を近づける。ふわりと石鹸の柔らかい香りが、鼻先を掠めていく。
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