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第2話

月が雲で隠れると、田舎の夜はあまりにも暗い。 明かりの点いた家など無く、果てしなく遠い外灯と外灯の間では、平衡感覚が無くなるほどの暗闇に放り出されることになる。 木々が覆いかぶさる未舗装の峠道ともなれば、頂上の外灯以外に光を届ける物は何一つない。 山の反対側にあるビールの自動販売機を目指し、近道である峠を登る貴之と慶太の手には、懐中電灯がしっかりと握られていた。 十年前はコンビニも無い村だったが、貴之が来ない間に近代化の波が押し寄せていた……などとということはまるでなかった。 湿気を含んだ夜気はまるでのしかかってくるかのような濃厚さで、額にはすぐに玉の汗が浮かぶ。 虫の声以外何一つ聞こえず、暗闇を持て余した二人はくだらない話をしながら歩を進めた。 「貴之君知ってた?この山はおぬすびやまだから、夜は入ったらダメなんだよ」 「おむすび山?」 「男を盗む山って書いて『男盗山(おぬすびやま)』。オトコヒデリの山姥(やまんば)が、男を襲って精を吸い尽くすんだって。ばあちゃんが言ってた」 「それ、ばあちゃんとする話じゃないだろ」 「そうなの?オトコヒデリって何だろ?精を吸われるってエナジー取られる感じ?」 げに恐ろしきは田舎の年寄りのデリカシーのなさと、子供の無知だ。都会に出ても、バイトに追われて、そちら方面の経験を積む機会がなかったのかもしれない。 吸われるのは多分白いブツだぞと思いながら、貴之は「何吸われるにしても山姥はごめんだな」と誤魔化した。 その時、一陣の風が巻き起こり、左右の山肌に密集した木々が不穏を訴えるようにざわめいた。 ほとんど音のなかった暗闇の中に、無数の木の葉がぶつかり合う音は鮮烈で、二人揃ってびくうっと肩を揺らして立ち止まる。 夜の山に初めて登った二人の耳には、無数の葉擦れは殊更不気味に響いた。 「ひっ!」 小さな悲鳴を上げた慶太が、ドンッとぶつかる勢いで貴之の腰にしがみ付く。 「た、貴にぃ……あれ……」 震える指で慶太が指差した先は、峠の頂上だった。 ぽつりと外灯が立ってはいるが、光量が少なく、狭い範囲しか照らしていない。 その弱い光が闇に飲み込まれる辺りに、こちらを見つめる二つの目が光っていたのだ。 「うっ」 貴之もまさか山姥と思ったわけではない。だが闇の中に突如現れた目には、理屈を超えた恐ろしさがあった。 貴之は頭一つ分背の低い慶太を、庇うように抱き込んだ。 汗ばんだ体はまだ完成され切っていない薄さで、それが余計に庇護欲をかき立てる。ふわりと香った汗のにおいに、この子は小さい頃もよくこんな風に抱きついて来たな、と唐突に思い出した。 あの頃はそれが嬉しくて、可愛くて、けれど同時に自覚したばかりの自分の性的な嗜好に酷く罪悪感もあって、抱き返してやることができなかった。 「山姥?マジで山姥?」 子供の頃から怖がりだった慶太は、貴之の胸元に顔を埋め、ぶるぶると震えている。 貴之は「大丈夫だ」と背中を撫でながら、手に持った懐中電灯を光る目に向けた。 遠くをはっきり照らせるような高性能ではないが、多少なりとも光はその目に届いたらしい。 瞬きをしたのか一瞬光る目は無くなり、次の瞬間、外灯の光の元に顔がずいっと進み出てきた。 とっと とっと とっとと 軽快な足音と共に現れたのは、とても巨大な――

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