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第5話

「ん……」 自然と目を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見渡す。 すぐ隣にトキの顔がある事に驚き、心臓が止まるかと思った。 昨日はトキと一緒に寝たのだった。 トキを起こさないように、そっとベッドから抜け出す。 洗面所に向かい、歯を磨いて顔を洗った。 居間に戻ると、丁度トキも起きた様だった。 「おはよ。狭かったけど眠れたか?」 「はよ…うん、ぐっすり」 「なら良かった」 トキは洗面所へ行き、俺はキッチンへと移動した。 少し遅めの朝食を作る。 フライパンに卵を割り入れて目玉焼きを作る。 トースターにパンを入れてタイマーをセットする。 そうしているうちにトキが洗面所から戻って来た。 「あ、トキは醤油派だったよな」 「…あぁ」 「俺は塩っと」 二人して朝食を食べる。なんだが、中学生の頃に戻ったような気分になった。 昔は良くお互いの家を行き来していた。 そのまま泊まる何て事も多くて、よくこうして食卓を囲んだものだ。 違うのは、俺が作った朝食をトキが食べている事。 なんだか急に恥ずかしくなる。不味くはないだろうか。 何も言わないという事は少なからず普通、と受け取っていいのだろうか。 そんな事を考えているうちに食事を終えた。 その後は二人で駅前をブラブラして夕方頃にトキは新幹線で帰って行った。 あっという間だったような、長かったようなよく解らない時間だった。 けれど、会えるのは嬉しい。 ただ、俺の告白はなかった事みたいにされているのが正直堪えた。 全部なかった事にして、はい今まで通り、とはいかない。 トキはどうか知らないが、少なくとも、俺はそんなに器用じゃない。 モヤモヤとした気分で帰路に着いた。 ***** 翌日からまた一週間がスタートした。 うちの会社は、大体6人1チームとなっている。 今日は得意先の訪問に係長と行く事になっていた。 「鷹栖、行くぞ」 声を掛けてきたのは、係長―戸河内賢汰(とごうちけんた)さんだ。 切れ長の瞳に、フレームレスの眼鏡をかけていて、それがよく似合っていた。 短くカットされた黒髪は清潔感がある。 鋭い目つきだが、その柔らかな雰囲気はギャップというやつだろう。 うっすらと見えるシワも、彼にとってはその整った顔を更に引き立てるものでしかないだろう。 俺は返事をして急いで戸河内さんの後を追う。 会社から出ると、焼け付くような真夏の陽射しが俺のやる気を削いでいく。 そんな俺をよそに、戸河内さんは涼しい顔で歩き始めた。 年数の差はやはり大きかった。 社有車に乗り込み、エンジンを掛ける。俺は運転席、戸河内さんは助手席だ。 「今日は法人向けのソフトウェアを売り込みに行く。回る順序は以前会議で話した通りだ」 「はいっ」 ナビを入力して発進させる。暫く走ってからエアコンを付けた。 涼しい風が車内を循環し始める。それだけでも少し救われた気分になった。 「お前、芦田と仲がいいんだってな」 「え、どうしてそれを?」 「今朝本人から聞いた。人懐っこい奴だ。これからも仲良くしてやれ」 「はい」 汐音とは部署が違う。昔、一緒の部署だったのだろうか。 特に疑問には思わずに運転に集中した。30分ほど走って、1社目の会社に到着した。 うちの親会社とも取引のある大手企業だ。 社内に入り、担当者を呼んでもらう。暫くすると担当者が現れた。 会議室に案内され、そこで名刺交換をする。 その後はもう、戸河内さんの独壇場だった。仕事が出来る男はやはりかっこいい。 自分も少しでも彼に近付けたら、そんな事を思った。 残りの数件も何とか回り終え、会社に戻ってくる。 休憩室で伸びをしていたら、汐音に声を掛けられた。 「お疲れー、営業は大変だなぁ」 「本当だよ。肩を揉め」 「へいへい」 本当に揉んでくれるところ、汐音は良い奴だ。 そんな事を考えていると、耳元で汐音の声がした。 「一昨日はどうだったんだ?」 「あ…、えーっと、うちに泊まったよ」 「で?」 「別に、何もない」 汐音は驚いた顔をする。 寝込みくらい襲えだとか何とか言われたが、思いっきり頭を叩いてやった。 少しは場を弁えろ。 そんなやり取りをしている俺たちを、戸河内さんが見ているのに気が付く。 俺と目が合うと、そのまま何も言わずに去って行った。 俺か汐音に用事だったのだろうか。 「今、戸河内さんがこっち見てたけど…」 「え、マジ!? 俺ちょっと行ってくる!」 そう言って、汐音は駆けて行った。

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