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天 井戸 主従

シネマフロアに入るなり襲いかかる、キャラメルシロップの甘っとろい匂い。 それが、上映スクリーンに入場してしまえば、幾らか和らいでいる事に気付く。 「そういえば、どんな内容のお話なんですか?」 空調のせいか、少し肌寒い。 脱ぎかけた上着を着戻し、シートに腰を下ろす。 隣を見れば、背の高いスーツ姿の誠──その距離の近さにドキンと胸が高鳴り、手のひらから先程の温もりが蘇る。 『映画館の座席って結構距離近いじゃん!?』──ふと過る、喫茶店で耳にした、お客さん同士の会話。 「……今、話題の映画なのですが」 答えながら誠が、折り畳んでいた紙──館内に置かれているチラシを広げて見せる。 おどろおどろしい雰囲気の暗闇に、古びた井戸と小さな三日月。そこに半透明で『天罰』『主従関係』『謎』『呪』と、不気味な書体の文字が浮かび上がっていた。 よく見れば、古井戸に絡み付いているのは蔦ではなく、長い人毛。 「………サスペンス・ホラー、みたいですね」 「ええ。……あ、すみません。もしかして苦手でしたか?」 「……えっ、いえ。大丈夫です」 爽やかな笑顔を向けられ、慌てて笑顔を作って返す。 ……とは言ったものの。心霊ものは大の苦手で…… 上映時間となり、予告ムービーが流れ始める。次第に落とされていく照明。 ……別の意味で緊張が走り、両手を強く握りしめる。 屋敷内で発見された、遺体に集まる人達。その背後──廊下奥の暗闇から、白い着物を着た長い黒髪の女性が、スッと現れる。 と同時に、ひんやりとした空気が足元に纏わり付いた。 まるで冷水にでも浸かったように、寒い。 井戸水を飲み、苦しみながら泡を吹く男性。喉元を掻き毟りながら倒れた後、スクリーンいっぱいに映る、不気味に歪んだ顔。 「──っ、!」 ……もう、心臓に悪いよ…… 話は進み、主人公が調査を続け謎に迫りつつある中……不協和音と共に突然現れる、血だらけの白い手。 心臓と同じく、びくんっと肩が大きく跳ね上がる。 「……大丈夫ですか?」 「え……」 涙目になる僕の方へと身体を傾け、顔を寄せた誠が耳元で囁く。 それにすらビクッ、と反応した僕に誠が微笑み、固く握りしめた僕の手を、誠の手がそっと包む。 ──え…… その手が優しく僕の指を解き開き、手のひらと手のひらが重なる。 悠から僕を助けてくれた時と同じ、大きくて温かい手── 『そっと手とか繋いじゃったりとか、あるかもしれないし』──蘇る、お客さんの声。 ……これ、デート……なのかな…… その温もりに安心したのも束の間。再び心臓がトクトクと早鐘を打ち始め……手のひらだけが、やけに熱い──

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