14 / 62
天 井戸 主従
シネマフロアに入るなり襲いかかる、キャラメルシロップの甘っとろい匂い。
それが、上映スクリーンに入場してしまえば、幾らか和らいでいる事に気付く。
「そういえば、どんな内容のお話なんですか?」
空調のせいか、少し肌寒い。
脱ぎかけた上着を着戻し、シートに腰を下ろす。
隣を見れば、背の高いスーツ姿の誠──その距離の近さにドキンと胸が高鳴り、手のひらから先程の温もりが蘇る。
『映画館の座席って結構距離近いじゃん!?』──ふと過る、喫茶店で耳にした、お客さん同士の会話。
「……今、話題の映画なのですが」
答えながら誠が、折り畳んでいた紙──館内に置かれているチラシを広げて見せる。
おどろおどろしい雰囲気の暗闇に、古びた井戸と小さな三日月。そこに半透明で『天罰』『主従関係』『謎』『呪』と、不気味な書体の文字が浮かび上がっていた。
よく見れば、古井戸に絡み付いているのは蔦ではなく、長い人毛。
「………サスペンス・ホラー、みたいですね」
「ええ。……あ、すみません。もしかして苦手でしたか?」
「……えっ、いえ。大丈夫です」
爽やかな笑顔を向けられ、慌てて笑顔を作って返す。
……とは言ったものの。心霊ものは大の苦手で……
上映時間となり、予告ムービーが流れ始める。次第に落とされていく照明。
……別の意味で緊張が走り、両手を強く握りしめる。
屋敷内で発見された、遺体に集まる人達。その背後──廊下奥の暗闇から、白い着物を着た長い黒髪の女性が、スッと現れる。
と同時に、ひんやりとした空気が足元に纏わり付いた。
まるで冷水にでも浸かったように、寒い。
井戸水を飲み、苦しみながら泡を吹く男性。喉元を掻き毟りながら倒れた後、スクリーンいっぱいに映る、不気味に歪んだ顔。
「──っ、!」
……もう、心臓に悪いよ……
話は進み、主人公が調査を続け謎に迫りつつある中……不協和音と共に突然現れる、血だらけの白い手。
心臓と同じく、びくんっと肩が大きく跳ね上がる。
「……大丈夫ですか?」
「え……」
涙目になる僕の方へと身体を傾け、顔を寄せた誠が耳元で囁く。
それにすらビクッ、と反応した僕に誠が微笑み、固く握りしめた僕の手を、誠の手がそっと包む。
──え……
その手が優しく僕の指を解き開き、手のひらと手のひらが重なる。
悠から僕を助けてくれた時と同じ、大きくて温かい手──
『そっと手とか繋いじゃったりとか、あるかもしれないし』──蘇る、お客さんの声。
……これ、デート……なのかな……
その温もりに安心したのも束の間。再び心臓がトクトクと早鐘を打ち始め……手のひらだけが、やけに熱い──
ともだちにシェアしよう!