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魚 耳飾り 蜂蜜
注文した品が運ばれる。
湯気の立つ、鰯のトマトソーススパゲティ。
パスタの上に、焼いた鰯が丸ごとドンと乗ってるのかな……なんて、馬鹿な想像をしてしまったけど。解された鰯の身がトマトソースと絡まり、ねじ巻いたパスタにオリーブオイル、フレッシュバジルが彩り良く飾られていて……
「……美味しい」
「良かったです」
カルボナーラをフォークに巻き取りながら、誠が僕に微笑み掛ける。
もの静かで。落ち着いた大人の雰囲気。清潔感があって。優しくて。
向けられたその双眸は、間接照明の柔い光に照らされて……蜂蜜のようにとろっと甘く、色気を含み……
「………」
指先が、震える。
……こんなの、好きになっちゃう。
好きになっちゃうよ───
雨の匂いが微かに残る、裏路地。
煌びやかな光を放つ表通り。
駅までの道程を、並んで歩く。
「寒く、ないですか?」
「……はい」
答えながら、片手で胸元を押さえる。
……夢なら、まだ醒めないで。
もう少し、このままでいさせて……
冷たい空気に晒された手や頬から、集まった熱がどんどん奪われていく。
淋しい気持ちが募り、マフラーを持ち上げ鼻先を覆いながら、街のネオンが鮮やかに反射する、濡れた道路に視線を落とす。
もうすぐ、駅前。
夢のような時間は、もう終わる……
「……」
煌々とした駅構内。
最終に近い事もあり、乗り降りする人の数は少ない。キオスク等の店舗はシャッターが閉まり、閑散としたそこに物寂しい雰囲気が漂う。
「今日は、楽しかったです」
改札口前。向かい合って立つ誠が、僕に爽やかな笑顔を見せる。
「僕も、楽しかったです」
その笑顔につられ微笑みながら、悴む手をギュッと握る。
「………良かった……
良かったです。やっと、成宮さんの笑顔が見られて」
表情を大きく崩した笑顔。そこから滲み出る、柔らかな優しさ。
口角を綺麗に持ち上げたまま、瞬きを数回し──不意に伸ばされた大きな手に、頭を優しくぽんぽんされる。
……わ……
それだけで、熱い。
トクトクと、煩い程に心臓が早鐘を打ち──聞こえてしまったらどうしようと、俯く。
「……」
今日の事は全部、僕を慰める為の成り行き。そんなの、解ってる。
でも、こんな事までされたら……勘違いしちゃうよ──
最寄り駅から少し離れた住宅街にある、築二十年余のアパート。
足音を響かせながら階段を登り、一番奥にある自宅へと向かおうとして、足が止まる。
よく見れば、人影──外灯の僅かな光を取り込んだ薄闇の中、玄関ドアを背に誰かが座り込んでいる。
瞬間、映画のワンシーンを思い出し、ゾクッと背筋が凍った。
「………え、」
怖ず怖ずと近付いてみれば、踞っている人の耳元に、僅かに光るピアスが。
あれって、もしかして……
「……悠!?」
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