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草 幻 城
僕の声に反応し、ゆっくりと顔を上げる。
眠っていたのだろうか。僅かながらぼんやりとした双眸が、僕を捕らえた。
「……うー、さみぃ」
「え……、何時からここにいたの?」
「……んー、双葉が連れ去られてから、かな……」
「……」
そんな……
僕が、映画を観ている時も、温かい店内で食事をしている時も……
悠は……ここで……
傍に寄り、腰を落とす。
震える悠の顔を覗けば、僕を捕らえる大きな瞳が寂しそうに潤んでいて。
不意に。悠の手が僕の背後に回り、強引に引き寄せられ……
「──、!」
冷たい手。冷たい身体。
……冷たい、唇──
軽く重ねられた唇から、熱が奪われていく。
崩れた体勢。冷たいコンクリートにつく両膝。氷のように冷え切った悠の腕に包まれたまま……突き放す事ができなくて──
数秒の後、ゆっくりと離れる。
間近で絡む、蕩ける視線。
交差する、熱い吐息。
「……よかった。双葉の幻じゃ、ないんだな……」
寂しげな笑顔。
消え入りそうな、弱々しい声。
ショッピングモールで見せた、勝ち気で強引な悠とは違う。まるで、母親に縋る子供のように……僕の肩口に顔を埋め、僕の身体を強く抱き、安堵の溜め息をつく。
警戒心が解けたのか。僕の身体から、力が抜け落ちた。
「……」
……悠……
重みを感じながら瞳を閉じれば、あの日の出来事が瞼の裏に映し出される。
ミーンミンミン……
高校三年の夏休み──
草木も茹だる様な酷暑の中。
クーラーのない部屋で、悠と一緒に宿題をやっていた時だった。
「……大名や城主ってのは、何で正室とか側室とか、すげー女囲うんだよ!」
いきなり悠がキレる。
暑さで頭がやられたのかと思って悠を見れば、不機嫌ながら至極真面目な顔をしていた。
「……それは『お世継ぎ』の為、でしょ」
「世継ぎ? 俺にはンなもん、いらねぇよ!」
ドンッ……
ローテーブルに片手を付き、身を乗り出すと……驚いた僕の頬に、もう片方の手が伸びて……
「……俺は、双葉がいればそれでいい」
「え、悠……?!」
ミーンミンミン……
気怠い暑さの中。
悠の唇が舞い降り……僕の唇に、強引に押し当てられた──
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