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クレマチス 侯爵 眠る

こんな弱音を吐く悠は、初めてだった。 さっきの幻覚の話も、もしかして…… 「……双葉」 悠の手が、僕の頬へと伸ばされる。 遠慮がちに触れる、冷たい指先── 「まだ、俺の事……好き?」 「……え」 ズキン……と、胸が痛む。 そう聞かれてしまえば、否定する事なんて出来ない。まだ僕の中に、悠を好きな気持ちは残っているから。 でも…… 「……ズルいよ、悠」 鼻奥が、ツンと痛む。 左手の薬指に光る、マリッジリング。 ……悠は、僕を選ばなかった。 その事実は、どう足掻いても変えられない。 なのに、どうして。僕の知らない女性と、永遠の愛を誓いながら……そんな事…… 触れられた指から逃れ、目を伏せる。 悠から届いた、結婚式の招待状──それを見た瞬間、頭が真っ白になって。息が、出来なくて…… やっとの思いで、悠への気持ちに整理をつけ。残していった悠の私物と、部屋に染みついた思い出まで……全部捨てようと、引っ越しまでしたのに…… 「………あれ……そういえば、悠。どうして僕が、ここに住んでるって……」 「……ん? あぁ。侯爵に教えて貰った」 「えぇ、大輝に……?!」 悠は時折、大輝の事を侯爵と呼ぶ。 僕と出会う前──中学の学園祭で、侯爵役を演じたらしい。 大輝は、悠の幼なじみであり、悠と僕の関係を知る、良き理解者であり……悠に捨てられた僕を支えてくれた、大切な友達…… ……なのに。悠に喋ったら、引っ越した意味ないじゃん…… 「双葉」 身体を起こし、少し乱暴にテーブルを退かしながら悠が迫る。 切迫詰まったような顔、 カッッ…… テーブルに置かれたリモコンが滑り落ち、毛足の長いラグに潜る。 「……」 悠…… 寒さのせいじゃない。震えてる。 正面から抱きついてきた悠は、子供のように僕に縋って…… 「何も、しねぇから……」 落ちた時の衝撃か。 テレビ画面が明るくなり、爽やかな音楽と共に紫や青のクレマチスが映し出される。 「このまま……少し、眠らせて……」

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